『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.858

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あへりとそ、, し、現在にておの〳〵へ禮雜に及ん事かたかるへし、芳志の程いつの世に, 手をとり、肌をさすらせ、かくの如く〓肉疲痩するうへは、病の癒む事かた, かは謝すへきと、〓くみいとまをたまわりぬ、縫殿、西尾へかへり、家臣に此, ありけるは、か程に悦思召事はなし、されとも、是にも増りて悦はしき事あ, るに、黄門御悦の餘り、本多伊豆守等、其外大臣をめして、手自御茶を賜り仰, り、いつれも心付たるやとありしに、をの〳〵まとひぬるよしを申上る、時, 此度の恩惠にも増りて、よろこひおほしめす所也と仰られしとそ、, にのたまはく、されは此伊豆守か肝煎にて、久世但馬を家中へ呼入し事は、, 翁語て云、黄門秀康卿、御病氣之砌、東照宮より、御刀、御茶壺なと進せられけ, されて、鶉は何となくかよき品そと尋ねさせ給ふに、彼者かしこまつて、鶉, の鳴をなす、時に仰ありたるは、我幸に汝を扶持せり、それにて事足りぬ、鶉, 言をかたりて、先に豐州の泣れけるも理にこそとて、またなみたにむせひ, おきなかたりて云、黄門秀康卿の御内に、好て鶉を畜ものあり、あるときめ, 用るに用なしと宣ひけれは、それより彼者鶉を畜事をやめぬとそ、, 呼入, 久世但馬, 浪士扶持, 慶長十二年閏四月八日, 八五八

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  • 久世但馬
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  • 慶長十二年閏四月八日

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