『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.886

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日本の文士美術家の常に稱讚する所なり、, 送りて最後より一つ前の室に到り、宮中を案内することを命ぜり、此宮殿, 内最も名高き僧二人居たり、一人はタイチヤウラウ, 中に特に注意を惹きたるは、青銅の大なる偶像の、田圃の間に捨て置かれ、, 野鳥の休息場となりたるものなりき、江戸に着する二里前に、師父は府の, になりたる繪とを以てせり、, じて五千に充たざりき、師父は二日間此地に滯在し古蹟を巡視したるが, 將軍の居處たりし鎌倉あり、もとは人家の數二十萬に上りしが、此時は減, 道は駿河より伊豆を經て相模に入る、此所に日本の舊都にして、公方又は, は壯麗なること公方の宮殿に劣らず、裝飾は、黄金と最も名高き畫家の手, 欲し、先づパエス師を召さしめたり、式後、本多佐渡殿、及び相模殿は、師父を, 信徒等の彼を迎ふる爲に、菓物食品等の贈物を携へ來るに會へり、若き將, 又一人はガチヤ, 侶數名も亦同室にありき、然れ共此の君は早く來れるものを後にせんと, と稱へ、將軍に〓せん爲めに伴へる、京都の寺院の長老なる僧, 軍は原來親切なる人にて、特に師父を厚遇せり、最奧の溜りの間には、帝國, ウ, ○中, ○中, ○ガコウ, 長老, ○兌, (學校)力、, 略, 略, 〓見, 承兌等ノ, 江戸著, 江戸城ノ, 殿閣, 鎌倉, 慶長十二年閏四月是月, 八八六

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  • ○中
  • ○ガコウ
  • 長老
  • ○兌
  • (學校)力、

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  • 〓見
  • 承兌等ノ
  • 江戸著
  • 江戸城ノ
  • 殿閣
  • 鎌倉

  • 慶長十二年閏四月是月

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  • 八八六

注記 (33)

  • 1800,635,65,1291日本の文士美術家の常に稱讚する所なり、
  • 391,637,76,2223送りて最後より一つ前の室に到り、宮中を案内することを命ぜり、此宮殿
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