『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.922

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

妻は定次か女、, 〔參考〕, 九年陸奧國の一揆おこるのとき、氏郷か麾下にありて、九戸城にむかふ, 國尾尻村の長福寺に葬る、, 乃事セもを御たつねあり、十二年五月六日死す、年七十八、法名常覺、三河, 百人徒黨をむすひ、會津をたちのくとき、重眞、氏郷の下知をうけて彼等, 重眞母は定次か女、父忠政御家を退きしのち、蒲生氏郷につかへ、天正十, このとき、重眞、火矢を城中に射こみて譽あり、そのゝち、氏郷の郎從等數, めて東照宮に拜〓し、元和元年四月、めされて御〓下に列し、, 忠宣父とおなしく三河國を退き、伊勢國にをいてあたを殺して戰死す、, 四郎兵衞定次か女、台徳院殿につかへたてまつり、御書院番をつとむ、慶長, か跡をしたひ、其張本人を射ころす、慶長十一年三月、伏見にをいてはし, 阿倍正之阿倍四郎兵衞忠政か三男、母は阿倍, 十年、洛にのほらせたまふのとき供奉す、, 〔寛政重修諸家譜〕, 鵞峰文集〕, 重跋五十武將圖, 慶長十二年五月六日, 六百, 四十, 九十八, 〇下, 略, 跋六, 阿倍正之, 重眞, 思宣, 九二二

割注

  • 六百
  • 四十
  • 九十八
  • 〇下
  • 跋六

頭注

  • 阿倍正之
  • 重眞
  • 思宣

ノンブル

  • 九二二

注記 (28)

  • 1560,699,58,428妻は定次か女、
  • 260,835,74,202〔參考〕
  • 1211,705,78,2161九年陸奧國の一揆おこるのとき、氏郷か麾下にありて、九戸城にむかふ
  • 1677,701,63,786國尾尻村の長福寺に葬る、
  • 1793,700,77,2144乃事セもを御たつねあり、十二年五月六日死す、年七十八、法名常覺、三河
  • 972,706,85,2153百人徒黨をむすひ、會津をたちのくとき、重眞、氏郷の下知をうけて彼等
  • 1326,631,79,2226重眞母は定次か女、父忠政御家を退きしのち、蒲生氏郷につかへ、天正十
  • 1096,717,79,2140このとき、重眞、火矢を城中に射こみて譽あり、そのゝち、氏郷の郎從等數
  • 741,729,79,1800めて東照宮に拜〓し、元和元年四月、めされて御〓下に列し、
  • 1444,631,77,2233忠宣父とおなしく三河國を退き、伊勢國にをいてあたを殺して戰死す、
  • 505,654,83,2211四郎兵衞定次か女、台徳院殿につかへたてまつり、御書院番をつとむ、慶長
  • 859,723,76,2133か跡をしたひ、其張本人を射ころす、慶長十一年三月、伏見にをいてはし
  • 633,1444,71,1425阿倍正之阿倍四郎兵衞忠政か三男、母は阿倍
  • 387,652,71,1222十年、洛にのほらせたまふのとき供奉す、
  • 594,609,113,569〔寛政重修諸家譜〕
  • 132,629,92,319鵞峰文集〕
  • 158,1302,57,492重跋五十武將圖
  • 1908,695,45,383慶長十二年五月六日
  • 660,1238,38,107六百
  • 614,1237,42,106四十
  • 181,1024,40,177九十八
  • 796,2527,40,116〇下
  • 749,2530,41,41
  • 137,1021,39,109跋六
  • 618,284,41,168阿倍正之
  • 1324,268,43,86重眞
  • 1444,268,41,86思宣
  • 1931,2429,44,120九二二

類似アイテム