『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.182

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詣して、大權現をよひ台徳院殿に〓したてまつる、領地もとのごとし、, あそぶ所の沈水香の好惡、古今の人の名つくる所の品々、小册に書し一, 徳隣洛陽に生る、實は盛方院淨慶か子なり、宗巴養て子とし、女をもつて, す所の徒然草の抄二卷あり、後陽成天皇の勅問をかうふり、本朝にもて, 〓煙と名つけて叡覽にそなふ、醫を問、門にあそぶもの二百餘人あり、, 十二年の春、馬氏が註する所の素問經を講す、これより以前、本朝にいま, だ此書を講ずる人あらず、其席に陪する輩數百人あり、不幸にして病に, 臥、その講を遂ず、あらはす所の書、素問註抄十卷、醫學的要方十五卷、鍼灸, 草藁していまだ名を題せず、雜藁といふ、又一貴介の求に應じて、あらは, これに妻あはして、家業を繼しむ、慶長十四年、はじめて駿府并に江戸に, 和漢のもてあそふへき事をあつめて、門を立、部を分て、五十卷となせり, 參伍的方一卷、炮炙詳鑑一卷、本草序例抄八卷あり、且儒醫仙佛、諸子百家, 家記燒失、先祖出處不詳、壽命, 慶長十二年十二月十四日, 院法印立安、, 〔官醫家譜〕二秦姓, 宗巴-有室, 苗字無御座候、壽命, 壽命院法印徳隣, 京都御醫師、, 院號、從京都被下候、, 一〓煙, 徒然草抄, 著書, 養子徳隣, 素問經ヲ, 講ズ, 一八二

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  • 苗字無御座候、壽命
  • 壽命院法印徳隣
  • 京都御醫師、
  • 院號、從京都被下候、

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  • 一〓煙
  • 徒然草抄
  • 著書
  • 養子徳隣
  • 素問經ヲ
  • 講ズ

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  • 一八二

注記 (28)

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