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くみゆるを、今和氣本の跋文にて本書と加筆本との差別かくは知られたり、其は今此, ら、其本の跋を逸せるによりて、たゝに本文のこと見ゆるから、記しさまの疑かはし, あらん、, 和名一通、此一卷加之といへる加筆もあるへし、其外後に書入たらんとおもはるゝ, 又其字の異なるも傍に書加へてよみ見るに、後人の書加へたるものなること疑なし、, 文もあり、これらの加筆の通本には讒入たるは、もと和氣本を寫し傳へたるものなか, さてそを書加へたるやう、醫心方なる和名はもとよりにて、私云とて書加へたる事も, 又末の書に見あたらぬ和名をも載せたり、これらの中に、かの康暦年中、從師而傳, りて、やかて書うつして原本とし、さて通本を校へて、こと〳〵く朱もちて書あかち、, の子孫雅康・雅繼あり、またたま〳〵順の和名抄、また玉篇の中の動植字訓に見え、, あり、そか中に雅私ともあれは、こはもしくは丹波雅忠宿禰の書入られたるものにや, 丹波氏系圖に、, 後漢靈帝-正, 駒子-弓末-首名-孝子-大國-康頼, 王-石秋王-阿智王-高貴王f, △志努直, 家、, 重明戀忠明, 重明, 而取之、以群書類從本比校、, 尊卑分脈所載、以古寫本校, ○信按、當國は丹波國, もにみえて、きこえ高し、, 於本朝出生、住丹, 心方三十卷ともあり、和氣明重より丹波家の醫道を兼る事、この系譜に見えたり, 波國、賜坂上姓、, 從本には丹波國と書り, 針博士、醫博士、左衞門佐、從五位上、始而賜, 此主良醫なりし由、古書と, 彌多倍、號都賀使主、, の文ときこゆ、群書類, ○信友按、和氣氏系圖瑞策の譜に曰、通仙軒、又號驢庵、正親町院云々、賜家傳醫, 丹波宿禰姓、住丹波國矢田部、醫術通神靈、褒, 譽溢天下、永觀二年十一月廿八日、以醫心方三十卷撰進八, 號典, 始而爲本朝來客、住當國〓, なり、これ古系のまゝ, 藥頭, 正四位下、典, 藥頭、施藥院、, 〔天〕〔郡〕, 後ノ加筆, 永觀二年十一月二十八日, 二八七
割注
- 而取之、以群書類從本比校、
- 尊卑分脈所載、以古寫本校
- ○信按、當國は丹波國
- もにみえて、きこえ高し、
- 於本朝出生、住丹
- 心方三十卷ともあり、和氣明重より丹波家の醫道を兼る事、この系譜に見えたり
- 波國、賜坂上姓、
- 從本には丹波國と書り
- 針博士、醫博士、左衞門佐、從五位上、始而賜
- 此主良醫なりし由、古書と
- 彌多倍、號都賀使主、
- の文ときこゆ、群書類
- ○信友按、和氣氏系圖瑞策の譜に曰、通仙軒、又號驢庵、正親町院云々、賜家傳醫
- 丹波宿禰姓、住丹波國矢田部、醫術通神靈、褒
- 譽溢天下、永觀二年十一月廿八日、以醫心方三十卷撰進八
- 號典
- 始而爲本朝來客、住當國〓
- なり、これ古系のまゝ
- 藥頭
- 正四位下、典
- 藥頭、施藥院、
- 〔天〕〔郡〕
頭注
- 後ノ加筆
柱
- 永觀二年十一月二十八日
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- 二八七
注記 (44)
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