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十餘度、一度も不覺なかりしと也、或時嫡子康以, 細川の御家有つて、有吉之名字さへ絶されは、功の失る事も有間敷、細川の, 代之爲遺し申度と云、立行申候は、武功家筋之儀は、上へ委細御存知の事也, らく命を助りし也、忠興君御稚心に、たゝものに非すと思ひ候ひしか、次第, をかけ置、間鍋を御料理人受取所を、脇差にて拔討に仕留申候、藤孝君、其仕, をおろし奉ると、其儘絶入しけれは、藥を與へ腹の水を蹈出しなとして、か, 方を殊之外御賞美被成候、惣而若き時は鈍き生れ付と諸人存候ひしか、十, にさかしく成、一代の間戰場は不及申、假初の事にも勇氣のほまれ多かり, の外深く、平吉か頭の上迄あかりしに、少もかまりす、向の岸に著て、忠興君, 立行は、若年より藤孝君の御側に而、御育て被成候、元龜元年、十三歳の冬、藤, 孝君の許へ、御夜客にて御宮仕相勤候砌、御料理人過言之儀有之候間、言葉, 功を云候は新參の衆の致事也、我等御譜代長臣之家柄に而、飾事少も無之、, 七八の時、忠興君御幼年なりしを、肩くるまに乘せ奉り、河を渡り候に、水思, しと、後迄御咄被成候、天正元年、城州淀の城攻十六歳にて、初陣より場數三, 右衞門兩人願ひに、元有公已來、當家三代、數度忠勤戰功之趣、家譜に仕立、後, 家司葛西惣, ○細川〓家譜, 康次二作ル, 家譜, 譜代長臣, ノ家柄, たゞもの, に非ず, 慶長十二年十二月十四日, 一八七
割注
- ○細川〓家譜
- 康次二作ル
- 家譜
頭注
- 譜代長臣
- ノ家柄
- たゞもの
- に非ず
柱
- 慶長十二年十二月十四日
ノンブル
- 一八七
注記 (25)
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