『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.380

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は尤のやうに御意被戌候と申せば、三平殿いかさま風雨もあらかつた、さ, きれとて、じだんだぬんでいかられける、さう〳〵にけさり、高力殿へ參右, 儀の御了簡と、諸大名もかんしけるとぞ、, 作物能と申そ、來る年もらい年も惡敷〳〵と計申、不屆千萬、首をきれ足を, もなく死去にて、跡目さへ若輩戌孫に立、取上ていふ間もなく、東照宮にも, 左は何と云ぞと問はれける、かやう〳〵に御しかり被成候と申せば、それ, 上んとせし所に、彼か家の不運にや、俄に清長中風して、以の外に煩ひて間, は尤、をのれらいつ能とは申ぞ、百姓とも、高力樣へ申上候へは、あなた樣に, もあらんと被申、何事も皆此かくにて、國中仕置被成けるとぞ、家康公不思, の通申上れは、如何樣今年は風雨もしげし、さぞあらん、相談して上へも申, 上、御慈悲も下され候やうに可被成と被申、扨三平殿へ參右之通申せは、作, きし故、樣子を尋ね申上よと上意にて、當分清長へ御預、とくと尋、其譯を申, 駿府へ還御被遊、, 〔高力再興記〕, 勤, 東照宮武州浦和え御鷹野に御成之節、御先にていさゝか御間をか, 吉政事はもとは恆岡苗字にて、東照宮被召仕御鷹方を, 〇・上, ○中, ○下, 略, 略, 略, 家康不思, 清長ノ病, 儀ノ了〓, 症, 慶長十三年正月二十六日, 三八〇

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  • 〇・上
  • ○中
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  • 家康不思
  • 清長ノ病
  • 儀ノ了〓

  • 慶長十三年正月二十六日

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  • 三八〇

注記 (29)

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