『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.866

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慶長八年正月十四日木食興山上人應其, 上野村興山寺、, 間本堂僧坊表門中門裏門護摩堂、, 比にや、有夜の曉、夢ともわかすうつゝともなく、それとのみおほへて告給, せて」無言抄の名にかなへるゆへ載之、, 松虫釜一、國行太刀、應其上人木像、, へる歌に「見しきかしいはしおもはし捨る身をいて入いきのかせにまか, 無言鈔, 金剛盤、, あり、皆應其の遺物なり、, 水瓶, 村の東産神の境内にあり、開基き應其上人といふ、什物に茶壷, 境内周百九十八, 應其池, 豐太閤像一幅, 〔紀伊國續風土記〕, 〔紀伊國名所圖會〕, 〓家康、近江成菩提院ノ法度ヲ定メ、又、相模大山寺ニ學領ヲ寄附ス、, 四日、, 本尊不動明王、左弘法大師、, 又太閤より賜ふ所也、瓦器にて, は眞言宗祈祷に用ふる像にて、菅公及太閤ユ, 八角なり、一角五寸ツヽ、長一尺, 遍照, 人著す, 右坐像興山上人木像、四尺, 應其常に掛て、誦經なとせし畫像といふ、野山に、に, 三十七, 應其上, は非ゐ歟、又高野明神の像なりや詳つならす, 宗吉作り, て上人へ贈る所なり、瓦器にて唐金の如く見ゆ、銘あり、天正, 自刻の像, 大佛瓦師, ミ菅公の像といふ、正面して兩眼甚怒を含めり、或, 許坐像, り、應其上人の造るところなり、, ナリ、, の奥書あり、筆者は片岡與左衞門といふ, に、文祿五年霜月吉日、大佛瓦師三郎左衞門宗吉とあり、, の内に、上人御祕藏たる者なりとあり, 那賀郡十一, 院、, 梵字岩より一町神田村の内にあ, 所、慶長三年大覺寺三品親王、并紹巴法眼, より應其に賜ふ所な金、囘三尺六寸、箱, 御, 干中の作にて、一位殿の館をうけて作る所の由を載せたり, 判, 五寸許、横に安樂興山と、上人眞筆の四字あり、右の底の裏, といふ, 閣, 〔二〓), 太, 三編四ノ下, 高野山, 午, 年中の作にて、二位殿の硝をうけ, 興山上人, ノ木像, 應其池, 慶長十三年十月四日, 八六六

割注

  • 本尊不動明王、左弘法大師、
  • 又太閤より賜ふ所也、瓦器にて
  • は眞言宗祈祷に用ふる像にて、菅公及太閤ユ
  • 八角なり、一角五寸ツヽ、長一尺
  • 遍照
  • 人著す
  • 右坐像興山上人木像、四尺
  • 應其常に掛て、誦經なとせし畫像といふ、野山に、に
  • 三十七
  • 應其上
  • は非ゐ歟、又高野明神の像なりや詳つならす
  • 宗吉作り
  • て上人へ贈る所なり、瓦器にて唐金の如く見ゆ、銘あり、天正
  • 自刻の像
  • 大佛瓦師
  • ミ菅公の像といふ、正面して兩眼甚怒を含めり、或
  • 許坐像
  • り、應其上人の造るところなり、
  • ナリ、
  • の奥書あり、筆者は片岡與左衞門といふ
  • に、文祿五年霜月吉日、大佛瓦師三郎左衞門宗吉とあり、
  • の内に、上人御祕藏たる者なりとあり
  • 那賀郡十一
  • 院、
  • 梵字岩より一町神田村の内にあ
  • 所、慶長三年大覺寺三品親王、并紹巴法眼
  • より應其に賜ふ所な金、囘三尺六寸、箱
  • 干中の作にて、一位殿の館をうけて作る所の由を載せたり
  • 五寸許、横に安樂興山と、上人眞筆の四字あり、右の底の裏
  • といふ
  • 〔二〓)
  • 三編四ノ下
  • 高野山
  • 年中の作にて、二位殿の硝をうけ

頭注

  • 興山上人
  • ノ木像
  • 應其池

  • 慶長十三年十月四日

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  • 八六六

注記 (63)

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