『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.895

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謐す、天正十一年從五位下に敍し、十二年信雄、太閤と隙あるのとき、太閤、, をあたふ、後また、彼國人等としは〳〵合戰して勝利を得、終に國中を靜, 一揆の將二人をうちとり、餘黨離散せしにより、信雄其功を感して諱字, 雄につかへ、伊勢國田丸の城にありしとき、伊賀國にて一揆蜂起す、雄久, 信治織田右府につかへ、弘治元年美濃國にをいて土岐の一族と合戰の, 雄久母は前野長兵衞某か女、天文二十二年尾張國名護屋に生る、織田信, とき、先陣にすゝみて討死す、年二十一, 母は某氏、別に家を興す、土方大, 雄政内膳、母は某氏, 慶長十三年十一月十二日, 彦三郎、圭之助、丹後守、〇土方〓, 雄政内膳、母は某氏, 譜ニハ、「初諱可氏、聟千代」トアリ、, 雄久ノ事, 織田信雄, 諱字ヲ賜, 蹟, 慶長十三年十一月十二日, 八九五

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  • 彦三郎、圭之助、丹後守、〇土方〓
  • 雄政内膳、母は某氏
  • 譜ニハ、「初諱可氏、聟千代」トアリ、

頭注

  • 雄久ノ事
  • 織田信雄
  • 諱字ヲ賜

  • 慶長十三年十一月十二日

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  • 八九五

注記 (19)

  • 297,733,61,2158謐す、天正十一年從五位下に敍し、十二年信雄、太閤と隙あるのとき、太閤、
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