Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
駿河伊豆代官兼駿府町奉行井出正次卒ス、, 右をして姓名を問しむ、正次頓首して實をもつて答ふ、かくて、太閤駿府, に府中に赴く、よりて、正次か用意違ひしかは、府中にいたりこの事を申, 國のうちにして舊領をたまふ、十八年小田原陣のとき、仰をうけたまは, 甲斐國に御進發のとき拜〓し、仰によりて駿河國の代官職となり、後同, りて豐臣太閤を鞠子の驛舍に饗應す、太閤鞠子にとゝまらすして、直ち, さむとて、馬に鞭て安部川の下の瀬をりたる、太閤はるかにこれを見、左, 行令代官、出頭甚也、但、惡人之由申候, 藩罐なるか故に、往古島津久豐命して、城下より鎌田清只、兒玉某を此地に, 城にいたり、東照宮と雜談の間、つゐに正次か事にをよはれ、東照宮其君, 移し、非常に備へしといふ、, 正次母は興津氏の女、はしめ氏眞につかへて軍功あり、天正十年、東照宮, 〔慶長年録〕三二月廿六日、井出志摩守死、日來無病氣、頓病起立所如此、知, 正成, 井出正直, 「〓, ), 寛政重修諸家譜〕, 慶長十四年二月二十六日, 甚助、藤九郎、甚助、, 志摩守、從五位下、, 金丸、甚, 異事ナシ, ○當代記, 之介、, 藤九, 郎、, 千, 正次, 百, 寛政重修諸家譜〕, 井出正次, ノ人物評, 正次ノ履, 歴, 慶長十四年二月二十六日, 一一四
割注
- 甚助、藤九郎、甚助、
- 志摩守、從五位下、
- 金丸、甚
- 異事ナシ
- ○當代記
- 之介、
- 藤九
- 郎、
- 千
- 正次
- 百
- 寛政重修諸家譜〕
頭注
- 井出正次
- ノ人物評
- 正次ノ履
- 歴
柱
- 慶長十四年二月二十六日
ノンブル
- 一一四
注記 (37)
- 1547,580,88,1356駿河伊豆代官兼駿府町奉行井出正次卒ス、
- 258,730,76,2152右をして姓名を問しむ、正次頓首して實をもつて答ふ、かくて、太閤駿府
- 493,736,73,2152に府中に赴く、よりて、正次か用意違ひしかは、府中にいたりこの事を申
- 728,734,70,2150國のうちにして舊領をたまふ、十八年小田原陣のとき、仰をうけたまは
- 840,729,79,2161甲斐國に御進發のとき拜〓し、仰によりて駿河國の代官職となり、後同
- 609,735,74,2152りて豐臣太閤を鞠子の驛舍に饗應す、太閤鞠子にとゝまらすして、直ち
- 376,735,73,2150さむとて、馬に鞭て安部川の下の瀬をりたる、太閤はるかにこれを見、左
- 1324,661,64,1076行令代官、出頭甚也、但、惡人之由申候
- 1775,661,85,2230藩罐なるか故に、往古島津久豐命して、城下より鎌田清只、兒玉某を此地に
- 143,733,74,2148城にいたり、東照宮と雜談の間、つゐに正次か事にをよはれ、東照宮其君
- 1681,663,61,794移し、非常に備へしといふ、
- 958,661,78,2228正次母は興津氏の女、はしめ氏眞につかへて軍功あり、天正十年、東照宮
- 1424,612,109,2280〔慶長年録〕三二月廿六日、井出志摩守死、日來無病氣、頓病起立所如此、知
- 1091,1376,54,138正成
- 1208,1386,51,275井出正直
- 1123,615,67,35「〓
- 1141,621,152,26)
- 1191,632,98,556寛政重修諸家譜〕
- 1917,740,46,470慶長十四年二月二十六日
- 1129,806,46,496甚助、藤九郎、甚助、
- 1070,808,48,492志摩守、從五位下、
- 1123,1540,44,178金丸、甚
- 1304,1756,43,263異事ナシ
- 1348,1756,42,258○當代記
- 1064,1541,42,121之介、
- 1239,1681,43,111藤九
- 1181,1679,45,53郎、
- 1238,1247,42,37千
- 1101,657,54,131正次
- 1198,1248,37,38百
- 1191,632,99,557寛政重修諸家譜〕
- 1369,293,44,171井出正次
- 1325,298,44,166ノ人物評
- 1016,291,43,173正次ノ履
- 974,288,43,44歴
- 1917,740,46,470慶長十四年二月二十六日
- 1895,2490,44,110一一四







