『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.227

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寺公, 歳以二十爲率、事竣即囘とあり、又此時の事をいひし也、, あらざりし也、, 人數も多く、進物返禮、其外末請とて、求る物も多積渡す、商物等も多し、皆國, 進上するゆへに、對馬の船と各別なるにより、特に送る船と名付て、此れは, 館待の事例を海東記に記して、九州節度使對馬島主特送爲一例、又諸酋使, す、今島主よりの使といへども、公使といへば皆古への如くすと見へたり、, 王之用なる故也、今は此れを對馬の所務とすと見へたり、以前より特送船, 日に著岸すと定め、其外諸方の船も、遠近を相考へて、往還共に過海料を渡, 約條に、若有事則以二十隻内順付來告と有り、且特送三隻歳船に例して、毎, 又按に、皇明從信録に、萬暦三十七年已酉時、朝議介于釜山港開市、本島商船、, 又按に、方長老の記に、過海料といふは、國王の使は、京より釜山浦まで、二十, 年此れを遣りて公命の事あれは、近來參判船とて別に遣の事、古への意に, 御用有る時は、對馬主に命せらるゝを、對馬より其命を傳へて、御用を調へ, 對馬島人受職人爲一例として、別例に接應せしは、此の故と見へたり、東泉, の御時、特送船を減じて、若有事則付歳遣船中來告といひ、又己酉, ○宗, 盛長, 慶長十四年三月是月, 二二七

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  • ○宗
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  • 慶長十四年三月是月

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  • 二二七

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