『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.366

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し申きたり候、かくのことく、日本より他こくに人しゆ御わたし候ことは、, 神の御かこ、たい一大御しう樣、當しやうくん殿御いくわゆへと存計候、こ, とさらみかたはおうくもほろひ申さすと、やうやくさうひやう三百人ほ, ひあめやまに候處に、おもひの外にうちかち候事、わたくしならず、たゝ佛, てうへわたし候儀は、ためしなきことゝ存候、まことにさうははんりをし, あまねくうけたまはりつたへす候、そのうへいこくのくりうていを、わか, とも、せんしつかまつり候よし候、かやうにいこくをしたかへ候はんには, 當こくのくんしゆとうせんに、さつしう山川の津へ、はやちやくせんのよ, 〔御家秘書〕, せんしはりつかなることゝそんし候、いつれもこゝものよろこひ、みしか, それ, りうきうのていわうをはしめ、さんすくわん、そのほかかしらたち候衆を、, のき、くんしゆまかりわたる義は候間、かれといひこれといひ、こゝろつか, 山口駿河守殿, より彼國の事、しま〳〵にいたるまで、のこらすあひしたかへ、あまつさへ, 本田上野守殿, 慶長十四年五月二十五日, 十八下所收述べタリ、二月二十六日ノ條ニ收メタリ、, ○舊典類聚〇上文ハ、島津氏出兵ヨリ構和マデノ事ヲ, 異國ノ帝, 來ル嚆矢, 戰死者ノ, 王ヲ以テ, 數, 慶長十四年五月二十五日, 三六六

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  • 十八下所收述べタリ、二月二十六日ノ條ニ收メタリ、
  • ○舊典類聚〇上文ハ、島津氏出兵ヨリ構和マデノ事ヲ

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  • 異國ノ帝
  • 來ル嚆矢
  • 戰死者ノ
  • 王ヲ以テ

  • 慶長十四年五月二十五日

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  • 三六六

注記 (26)

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