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し、守衞にありなから、みたりに來往せしことを咎められて、御勘氣をか, り、十四年さきに水野東市正忠胤に屬して、伏見城の番にありしとき、忠, ありて、したかひたてまつり、下野國宇都宮にいたる、そのゝち大番とな, 光重慶長五年、台徳院殿、上杉景勝御征伐のとき、渡邊山城守茂か隊下に, はすして流浪し、籠居する事二十四年なり、, 胤にこふて父か喪に奔り、三十日を歴てかへりきたる、この事台聽に達, うぬる、このとき忠胤故ありて自殺せしにより、その寃を訴ふる事あた, 護送ス、是日、教利及ビ典藥兼康備後ヲ死ニ處ス、, 慶長二年九月、下總國のうち, 藤方安正, 十七日, にをいて、釆地五百石を賜ひ、のち台徳院殿に奉仕す、十四年故ありて處士, 城主高橋元種、猪隈教利ヲ捕ヘテ京都ニ, となり、元和八年ふたゝひめされて御家人となる, 〔寛政重修諸家譜〕, 〓佐竹文書, 寛政重修諸家譜, 是ヨリ先キ、日向縣, 小尾祐光、監物、-光重、, 左太郎安吉ノ譜ニハ、本, 平九, ○寛政重修諸家譜小川, 四百六, 十五, 條ノ事所, 見ナシ, 郎, 延, 十二, 百七, 衞門、, 仁左, 岡, 乾, 二, 藤方安正, 小尾光重, 慶長十四年十月十七日, 七二三
割注
- 左太郎安吉ノ譜ニハ、本
- 平九
- ○寛政重修諸家譜小川
- 四百六
- 十五
- 條ノ事所
- 見ナシ
- 郎
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- 十二
- 百七
- 衞門、
- 仁左
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- 乾
- 二
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- 藤方安正
- 小尾光重
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- 慶長十四年十月十七日
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- 七二三
注記 (39)
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