『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.486

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携へ、太皷小皷をならし、とら、によう、鉢をつき、りんを打、經をよむ、其折しも, 凡行烈の左右をかたむる侍五六百もやあらん、忠興公は冠を召、にふ色の, 張のもの持之、御位牌は、玄蕃頭殿, 一村雨のふり過て、程なく空はれけれは、原の氣色靜に、風ひやゝかにして、, 白き絹かつき、其次に尼公四人墨染の衣を著し、數珠つまくり、杖にすかる、, 籠をとほし、天蓋をさしかけ、花をちらし、役者の僧二行につらなり、佛具を, おのつから極樂の相あらはなり、せんの綱に屬所の大小名すへて五十餘, そくたい、短の御太刀をはき給ひ、青地の中啓を持、草鞋をふんてしほしほ, は、日にかゝやき、風にくりして、粲然たるひゝき耳にみてり、加□幡を指、燈, 人、綱さきは松井佐渡守、綱本は大塚源左衞門入道、かんの後は長岡中務大, してあゆみ給ふ、其粧人に越給ふ、威光に感してみな信をなせり、御供の禪, 申、名代の侍持之、御寵は四方作り、五色をもて色とり、はくにてみき、金の, 輔侍共餘人を連らる、御女中の輿七十二丁、先立の女房八十七人、いつれも, かなものを遣ひ、所々を金爛にて包み、玉のやうらくをさけ、風鈴を掛たれ, 門三十餘人、其烏帽子素襖をきたる侍雜兵、共に千もや有へき、御寵漸かん, 御息當年八歳なりたるを肩にのせ, ○興, 元, 忠興ノ服, 裝, 慶長十五年八月二十日, 四八六

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  • ○興

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  • 忠興ノ服

  • 慶長十五年八月二十日

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  • 四八六

注記 (22)

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