『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.529

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

く、みつっらのをも、たてまつらしめ侍、, 三首の中に、此歌をふかく興せさせ給ひけり、その次に卷頭のよみやうな, ことしは思ふやうに、歌をもとひ奉るへしと心をこりして悦けるか、その, ちるを花くもるをやかて霞にて雪けの空に春はきにたり, 御自筆の詠草を見せさせ給ひぬれは、やかて申うけ懷中し侍る、例のこ七, と尋ね奉りて、まつり歸りて、みつから十八年このかた、このはるのやうに, ことく、かの御庵室も都へうつされて、ほとちかくなりけれは、日々に參か, よふこそ、住吉の御はからひと、ありかたく覺え侍れ、みつからの宅は三條, なし、長嘯も玄旨の門人にて、其讀歌の善惡も、常に玄旨に伺はれしといへ, 心のまゝなることは覺え侍らす、いかさま何事も初からなるものなれは, ふを辨して曰、玄旨一年源氏物語を讀れしに、紫式部か女のひか〳〵しき, と當時申なり、, 衣のたな、かの御館は姉小路の通、烏丸と東洞院の間、西は場町、北は車屋町, 幽齋は、歌學に博きのみならす、經書にも深く心を用ひられしとい, 〔細川家記〕, 一説に、玄旨の技藝かそへあけて、歌道き殊更雙ふ人, り, ○中, 略, 藤孝五, 五, 都ノ館, 幽齋ノ京, 藤孝ハ經, ト云フ説, 書ニ通ズ, ヲ駁ス, 慶長十五年八月二十日, 五二九

割注

  • ○中
  • 藤孝五

頭注

  • 都ノ館
  • 幽齋ノ京
  • 藤孝ハ經
  • ト云フ説
  • 書ニ通ズ
  • ヲ駁ス

  • 慶長十五年八月二十日

ノンブル

  • 五二九

注記 (29)

  • 1792,637,60,1152く、みつっらのをも、たてまつらしめ侍、
  • 1552,634,69,2226三首の中に、此歌をふかく興せさせ給ひけり、その次に卷頭のよみやうな
  • 1200,630,64,2220ことしは思ふやうに、歌をもとひ奉るへしと心をこりして悦けるか、その
  • 1672,706,62,1792ちるを花くもるをやかて霞にて雪けの空に春はきにたり
  • 1902,631,72,2222御自筆の詠草を見せさせ給ひぬれは、やかて申うけ懷中し侍る、例のこ七
  • 1434,636,69,2218と尋ね奉りて、まつり歸りて、みつから十八年このかた、このはるのやうに
  • 1079,632,70,2221ことく、かの御庵室も都へうつされて、ほとちかくなりけれは、日々に參か
  • 961,636,72,2222よふこそ、住吉の御はからひと、ありかたく覺え侍れ、みつからの宅は三條
  • 496,624,68,2215なし、長嘯も玄旨の門人にて、其讀歌の善惡も、常に玄旨に伺はれしといへ
  • 1316,637,70,2228心のまゝなることは覺え侍らす、いかさま何事も初からなるものなれは
  • 265,622,63,2228ふを辨して曰、玄旨一年源氏物語を讀れしに、紫式部か女のひか〳〵しき
  • 744,628,54,429と當時申なり、
  • 846,627,70,2227衣のたな、かの御館は姉小路の通、烏丸と東洞院の間、西は場町、北は車屋町
  • 380,837,68,2003幽齋は、歌學に博きのみならす、經書にも深く心を用ひられしとい
  • 602,582,105,342〔細川家記〕
  • 611,1285,66,1563一説に、玄旨の技藝かそへあけて、歌道き殊更雙ふ人
  • 405,623,36,56
  • 421,702,39,109○中
  • 380,700,39,41
  • 611,993,39,185藤孝五
  • 653,995,42,37
  • 852,256,40,127都ノ館
  • 897,256,40,172幽齋ノ京
  • 470,252,39,174藤孝ハ經
  • 382,260,42,165ト云フ説
  • 427,255,40,165書ニ通ズ
  • 338,262,38,115ヲ駁ス
  • 170,688,45,431慶長十五年八月二十日
  • 159,2433,45,131五二九

類似アイテム