『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.573

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によりて苦しかるましきかと答へたまい、滿座興にいりしとなり、, へもち出て見るに、しひたる奉書に庖丁の引目つかす、二所にひきめのあ, 海すゝきの如く庖丁被成候、ある人怪みて尋候得は、尤の不審なり、乍去、爰, のまれ也と御ほめなされ、そのふたのうへにて、ほふてふ被遊候、則次の間, 或時、六條門跡、鱸のほふてふを御所望ありしに、幽齋君、川すゝきなりしを、, されたり、藤孝君御覽ありて、さすがふるき御家ほとあり、加樣の故實智も, せ者有て火箸を通し置たり、幽齋庖丁押かけられ、火箸ニこたへ候時、九寸, 五分ニ而抜付ニまな板切落され候、名人は難ニ望てなつみ無もの也、, るかなきかとみへたるはかり也、堪能のわざを、いつれもかんじ被申候と, こそ所望仕らてはよき物かとて、挾箱の蓋に奉書二枚敷き、鯉をのせて出, き六條河原の院とて、鹽かまをうつされたる所なれは、川を海としたる縁, 聞エヌレド、ソノカミハ、タヾ、ソノ吉凶〓福ナドヲ相スル事ニテ、イヅレノ, 武備志ニ、サレバ又大刀小刀ヲ相スル事モ、昔ヨリ, 〔葉隱聞書〕十幽齋は天下之藝七ツ持れたりと云、或時、鯉之庖丁あり、ゑ, 〔本朝軍器考〕, 也、, 八〇上, 略, 藤孝ノ風, 雅ト其機, 智, 鱸ノ庖丁, 庖丁ノ妙, 慶長十五年八月二十日, 五七三

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  • 八〇上

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  • 藤孝ノ風
  • 雅ト其機
  • 鱸ノ庖丁
  • 庖丁ノ妙

  • 慶長十五年八月二十日

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  • 五七三

注記 (25)

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