『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.572

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〔耳底記〕慶長七, 亦奏杜若、而終此藝耳、乃出舞殿撃之、雖年餘古稀、人食感其妙手不衰也、, 幽齋、鯉の庖丁あり、樂あるによりて、手品あるなりとのたまふ, て所望故、ともかくもと被仰候得は、輝元のかたに可然庖丁これなしとあ, 〔耳底記〕慶長五年五月四日、, 仕る、よく御聞しり候とて、人みな奉感候なり、, 庖丁を所望申たしと有り、爰にて俄ニきなり申ましきと被仰候得共、たつ, る時、藤孝君、それき挾箱ニいれ置候とて、御取出し候へは、輝元歡て、さきば, 山にありし時、切々つかまつりて見候しなり、, らべて置て、そのそばで茶わんなどをうてば、ひゞきながくきこゆる也、丹, 幽齋、太皷西王母、うち給ふ、見事聞事なり、一曾もふくなり、, 或時、三井寺に御參りなされ候に、笛の音聞へ候へは、, 旨云、茶碗でまれ、なんでまれ、それを打て調子を聞て、そのごとくに琴をし, 御耳をすまされ、こゝに一曾可居事きとて、御使を被遣候へは、やかて參上, 或時、毛利輝元入道宗瑞御出會のみきり、假初なから, 年六月廿八日, 〔細川家記〕, 〔細川家記), 吉田に有亂舞、今出川, 藤孝六, 右府亞相光儀あり、, 藤孝六, 寅, 壬, 六, 六, 笛聲ヲ聞, イテ其人, 藤孝ノ心, ヲ知ル, 鯉ノ庖丁, 掛ケ, 慶長十五年八月二十日, 五七二

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  • 吉田に有亂舞、今出川
  • 藤孝六
  • 右府亞相光儀あり、

頭注

  • 笛聲ヲ聞
  • イテ其人
  • 藤孝ノ心
  • ヲ知ル
  • 鯉ノ庖丁
  • 掛ケ

  • 慶長十五年八月二十日

ノンブル

  • 五七二

注記 (34)

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