『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.872

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テ萬歳樂ヲ謠ヒ、世上忽靜謐シ、遍ク家康公ノ御下知ヲ社守リケレ、, りも高く冠木通り高〓椽を付、羅漢廿四孝等の人形、家根岩抔の彫物盡く, 金銀を鏤め、門の左右の柱には、金を以て藤を上より下迄這せたり、尤花葉, 暮門とあた名を付たると也、酒井忠勝此屋敷に移住せし所、明暦三丁酉歳, 美〓應シ、數刻ニ及ヒ、其後數寄屋ヘ入玉ヘハ、八景ノ掛物、且上杉數代ノ什, 大猷公御代まて、今の大手の内下勘定所の地、酒井讚岐守忠勝居館也、寛永, ともに金にて皆彫たる也、諸人此門の美麗を見て歸る事を忘るゝとて、日, 上セリ、, 中、蒲生家斷絶に依て、其屋敷龍ノ口東南の角に在之候を拜領して移住せ, 物等ヲ飾リ置、太閤ヨリ被下タル天下無雙ノ瓢覃ノ茶入ニテ御茶ヲ自進, 參考落穗集〕一西之御丸之事, 偖、御扶持人ノ猿樂數人ヲ招キ、終日ノ御能終, り、是其屋敷蒲生秀行の時分、台徳公御成被遊候、無雙の經營也、表門諸家よ, 正月、大火に類燒したり、其後、酒井氏も子孫に至り、屋敷替してより、あまた, リ、暮ニ及ンテ還幸也、此時ニ至リ、御敵シタル大小名皆疑ヒヲ散シ、安堵シ, )〕, 慶長十五年十二月二十五日, ○中略、物ヲ賜ヒ及ビ, ケタルハ誤ナラン, 獻ズルコトニ係ル、, 事蹟, ○本書、, 合考, 八年十, 月二十八日ニ係, 居館ノ構, 蒲生秀行, 造, 日暮門, 慶長十五年十二月二十五日, 八七二

割注

  • ○中略、物ヲ賜ヒ及ビ
  • ケタルハ誤ナラン
  • 獻ズルコトニ係ル、
  • 事蹟
  • ○本書、
  • 合考
  • 八年十
  • 月二十八日ニ係

頭注

  • 居館ノ構
  • 蒲生秀行
  • 日暮門

  • 慶長十五年十二月二十五日

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  • 八七二

注記 (31)

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