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り、のち、父か遺跡を繼、さきの釆地はおさめらる、そのゝち、采地にゆくの, 源寺に葬る、妻は結城左衞門督晴朝か養女、, 月、加恩ありし釆地の御黒印を下さる十年九月十五日より伏見城を守, とまる、御凱陣のゝち、下總國相馬郡のうちにをいて、, 仰をうけたまはりて、松平周防守康重等とゝもに水戸城を守衞す、十二, 長五年關原の役に、永井右近大夫直勝に屬してしたかひたてまつり、御, めされて近侍し、下總國海上郡のうちにをいて、采地三千石をたまふ、慶, 凱旋のゝち、近江國蒲生郡のうちにをいて二千石を加へらる、七年五月、, なり、のち、東照宮台徳院殿につかへたてまつり、御内書をたまふ、慶長五, 擒となりし事あるのとき、母よく家臣等をゐて金山城を守るによりて, 貞繁母き晴朝か養女、天正十八年、東照宮關東にうつらせたまふのとき、, 宛行はれ、其朱印を國繁か母にさつく、これさきに、國繁氏政にはからも, 年關原御陣のとき、供奉せん事をこふといへとも、仰によりて江戸にと, 月三日、牛久にをいて死す、年六十二、法名良太、常陸國筑波郡足高郷の瑞, 新恩千六百石餘をたまひ、すへて七千石餘を知行す、十六年正, 慶長十六年正月三日, ○蠧餘一得所收由, 河原代村, 艮家系ニハ、相馬郡, トアリ, 瑞源寺二, 國繋ノ母, ノ朱印ヲ, 葬ル, 二與ヘテ, 固守セシ, 金山城ヲ, 貞繁, 秀吉采地, ヲ褒ス, 慶長十六年正月三日, 九八一
割注
- ○蠧餘一得所收由
- 河原代村
- 艮家系ニハ、相馬郡
- トアリ
頭注
- 瑞源寺二
- 國繋ノ母
- ノ朱印ヲ
- 葬ル
- 二與ヘテ
- 固守セシ
- 金山城ヲ
- 貞繁
- 秀吉采地
- ヲ褒ス
柱
- 慶長十六年正月三日
ノンブル
- 九八一
注記 (32)
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