『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.987

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うやくつもりて、礎石褒苔にうつめり、爰に右大臣秀頼公、精舍の衰敗をお, 得果をねかふ、誰か是をたつとまさらむ、爰に寺僧等いさゝか再興の巧略, 道俗の信仰日あらたなり、誠に是攝取不捨の濟度、即往安樂の靈感、傳記に, ほしめし、金銀を抛て再興をなし、珠玉をつらぬいて莊嚴をくはへ給ふ、故, ほり、所々の民屋霞となる、此時當寺も燒失畢、然るに、文明の春の比は、天下, 造し、後柏原の天皇鄭重の供養を成し給ふ所なり、しかしより以來、星霜や, 級引八斑にかまひすしく、弘誓の願海四域になかれ、王臣の崇敬年久しく、, のする所毛擧にいとま非す、然といへ共、應仁の兵亂に、國々の佛閣雲にの, 樓あり、柱根雨露におかされて、東を西にかたふく、歎哉悲哉、ほのかにきく、, 正暦三年、永觀律師宣旨をうけ給ひて、供養の儀式を成し給ふ、依之、大悲の, の八方に梵鐘を推て群生を利盆し、花池寶閣の淨刹には、金の方に約して, に滿月の形質いよ〳〵光をまし、紫金の玉體なを麗妙たり、傍に一宇の鐘, 鐘の聲き六種眞闇の眠をさまし、三界有爲の夢をやふる、此故に、祇園精舍, 靜謐になりて、眞如堂を洛中一條に鎭座し給へり、則、慈照院相府本堂を修, 永觀二年に、戒算上人夢の告によつて、白河の女院に安に、又、一條院の御時, 皇供養ア, 堂再興, 秀頼眞如, ラセラル, 後柏原天, 慶長十六年正月七日, 九八七

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  • 皇供養ア
  • 堂再興
  • 秀頼眞如
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  • 後柏原天

  • 慶長十六年正月七日

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  • 九八七

注記 (22)

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