『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.1005

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このむ手を言上し、庄内の地圖を台覽に備ふ、よりて久正を御前ちかく, にくみし、關原の一戰に敗走して薩摩國にかへる、このとき、龍伯をよひ, より大隅國桑原郡富隈の城にうつり住す、五年、義弘、石田三成等か反逆, めされ、地形の險易人衆をよひ、兵粮の多少を御たつねありて、地の利を, から落去すへし、家久若氣にしてすみやかにせめ破らむと欲すとも、龍, 家久は國にありて、逆徒にくみせすといへとも、義久か御敵對の罪かう, 得たる敵なり、急にせめは士卒をそこなはむ、粮盡るにいたらは、をのつ, 伯かたく制して、人數をそこなはさるやうにはからふへきむね恩命を, り、家臣新納武藏入道拙齋、山田越前入道理安に士卒を授けて庄内につ, 日向國庄内の都城に據、十二所に砦をかまへ、謀反の色をあらはすによ, かうふる、のち、このことにより、しは〳〵御書を下さる、このとし、本御内, 龍伯か伏見の邸にをいてしたてまつる、四年、家臣伊集院源次郎忠眞, かはし、忠眞かをさへたらしめ、また、喜入大炊久正を使として、東照宮に, ふらんことをおそれ、使〓を井伊兵部少輔直政をよひ山口勘兵衞直友, これをやむ、これより東照宮の恩遇をかうふること渥し、慶長三年の秋, 慶長十六年正月二十一日, 朝鮮渡海, レ義久ノ, ヲ免ズ, 井伊直政, 等ニ頼リ, ○〇五

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  • 朝鮮渡海
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  • 井伊直政
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  • ○〇五

注記 (22)

  • 1327,697,64,2144このむ手を言上し、庄内の地圖を台覽に備ふ、よりて久正を御前ちかく
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