『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.1022

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はおりにして著候て御供仕、三度めくり、其後御火入にて、半分ほともゑ立, 寅正月廿一日ニ追腹にて、于今福昌寺御石室の御前に五りん石、いつれも, とも物語被申候, 無異儀被申たるを度々承候へとも、餘り多分ニ虚言なるかと存候へは、虚, 々さま〳〵手柄成被成樣なり、かの加トは、赤布に白はくにて丸をみかき, り申候、乍去、それほとは有間敷存候て承り候、大膳被申候は、彼加卜は、若時、, 程討取、右加トよりも、猶以て多分之よし、はなしに、加トなとも又手前親な, 樣の御前に御目にかけたる、其外は討捨にしたるなとゝ、はれしの場にて, 候時、切腹仕候事、但、多人數、相替たる仕樣哉と、諸人批判す、彼吉井源七左衞, 門加卜、若き時より武邊高名、頸三百五十ほとの内二百計は龍伯樣御兄弟, 言には誰云、手前親大膳なとも承候て、互に何所にていかほと〳〵〳〵積, 體に成、今度の追腹の樣子、少も前に不替仕形哉と物語被申候事、以上、, 武邊の時、はれなる他人數見る所にては、命を捨物に成しかせきたるか、老, 同前に有之候、彼民部左衞門入道の御供仕樣、明日御たがひと申前夜、我か, 濱田民部左衞門、若年弓矢有之時、武邊場數無際限、諸人に勝れ、頸數四五百, 彼濱田民部左衞門、龍伯貫明存忠庵司樣御他界の辛, 慶長十六年正月二十一日, ○中, 略, 一〇二二

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