『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.1028

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

哉と、これ又感し奉るなり、以上, 申と承及候、其彦左衞門子、今は六拾歳の内外なるへし、以上、, 樣働ニ依テ、今泰平ノ國ト成、難有事共也, 惡なとゝ云は、皆臆病者ならん、跡先しらすのやつともの無穿鑿なる女人, なとのひはんと、御近習衆へ被仰聞候へは、其儀四方へ通し、尤至極の御意, 事なる命を捨ても、主君への忠功なれは、武邊なる侍こそかやうには思立, 右追腹の時節、いつれの人は仕形よしあしきのひはん、まち〳〵に諸人申, 間、いつれもかくへつなりと見得て死る所の一同なり、いつれはよき仕形, 各別也といへとも、誰そ一人やおかきにつらをつく物はなし、道理哉一大, 御心ヲヨセラレ、古今傳事迄モナサレ、合戰ノイトマアル時ハ、如此道ニヲ, コタリナサレス、惟新樣、中納言樣ニモ御同前ニ御心ヲヨセラレ候、御先祖, 事を、惟新樣御被聞召付候て、御尊意之通、扨々人間我か覺悟かくこの仕形, に、今は如形なりし也、其謂は國分御屋形の時、龍伯公何方よりか御光駕の, 泰清院樣御意ニハ、龍伯樣御事ハ、戰國ノ砌ニ和歌ニ, 〔薩州舊傳記〕天清水弟子丸村の内に小庵有、中昔き別て小き庵なりし, 〔舊記〕, ○舊典類聚, 十五下所收, 學, 義久ノ文, 慶長十六年正月二十一日, 一〇二八

割注

  • ○舊典類聚
  • 十五下所收

頭注

  • 義久ノ文

  • 慶長十六年正月二十一日

ノンブル

  • 一〇二八

注記 (22)

  • 857,624,55,929哉と、これ又感し奉るなり、以上
  • 1795,623,59,1802申と承及候、其彦左衞門子、今は六拾歳の内外なるへし、以上、
  • 385,621,59,1221樣働ニ依テ、今泰平ノ國ト成、難有事共也
  • 1092,627,59,2223惡なとゝ云は、皆臆病者ならん、跡先しらすのやつともの無穿鑿なる女人
  • 975,630,61,2219なとのひはんと、御近習衆へ被仰聞候へは、其儀四方へ通し、尤至極の御意
  • 1327,623,57,2228事なる命を捨ても、主君への忠功なれは、武邊なる侍こそかやうには思立
  • 1679,627,57,2222右追腹の時節、いつれの人は仕形よしあしきのひはん、まち〳〵に諸人申
  • 1210,623,57,2229間、いつれもかくへつなりと見得て死る所の一同なり、いつれはよき仕形
  • 1444,626,57,2225各別也といへとも、誰そ一人やおかきにつらをつく物はなし、道理哉一大
  • 619,624,62,2223御心ヲヨセラレ、古今傳事迄モナサレ、合戰ノイトマアル時ハ、如此道ニヲ
  • 502,635,62,2215コタリナサレス、惟新樣、中納言樣ニモ御同前ニ御心ヲヨセラレ候、御先祖
  • 1559,622,60,2232事を、惟新樣御被聞召付候て、御尊意之通、扨々人間我か覺悟かくこの仕形
  • 150,634,63,2208に、今は如形なりし也、其謂は國分御屋形の時、龍伯公何方よりか御光駕の
  • 738,1266,60,1564泰清院樣御意ニハ、龍伯樣御事ハ、戰國ノ砌ニ和歌ニ
  • 243,586,108,2263〔薩州舊傳記〕天清水弟子丸村の内に小庵有、中昔き別て小き庵なりし
  • 713,581,107,195〔舊記〕
  • 766,849,42,325○舊典類聚
  • 722,847,41,324十五下所收
  • 606,255,37,40
  • 647,257,42,174義久ノ文
  • 1913,696,46,470慶長十六年正月二十一日
  • 1913,2447,44,149一〇二八

類似アイテム