『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.206

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にも叶ふらめと申、御姉聟竹村助兵衞次俊, ふ事、御臺樣, へ洩聞候而は、一家一門、いかなるうきめに逢ひ可申, も難計、然れは大事にもと、諸親類打寄相談いたし、勿躰なくも、水となし奉, 之、ふたゝひ御城へ上り候處に、不相替御寵遇ありて、無程懷妊之身と相成、, 談候所、お靜の方の弟に、神尾才兵衞政景とて、さる志ある者進み出て申候, おうはとのより、色々むつかしく申越、日々の使參り候故、隱置可申樣も無, 故に、御臺樣より御咎にあひ、一家一門、不殘はたものにあかり候まても無, は、いっに面々の身の大事なれはとて、正しき天下の御子樣にて御座候も, 月數かさなり候ニ付宿下致、今度もまた水になし可申歟と、一家打寄致相, のを、兩度まて水になし奉りては、天罰もおそろしき事ならすや、此御子樣, 是非事に候、いかにもして御子樣計は、目出度そたて上け奉りてこそ、天道, ニ付、兄之嘉右衞門政秀か許に、宿下いたし差置候へとも、御胤懷胎なとい, り、重て御城へ上り候事は、無用に可仕と申合、嘉右衞門か許に計差置候處、, 有之間敷由申之、此頃助兵衞は、神田白銀町四條與左衞門と申者之屋敷を, 借居候處隔意申募、其宅へ引取候ニ付、諸親類まて追々是に同意いたし候、, といふも、此上, 崇源院殿, 是も北條家の舊, 之御事, 臣のよしに候, レントシ, テ助ケラ, 水ニセラ, 慶長十六年五月七日, 二〇六

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  • 崇源院殿
  • 是も北條家の舊
  • 之御事
  • 臣のよしに候

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  • レントシ
  • テ助ケラ
  • 水ニセラ

  • 慶長十六年五月七日

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  • 二〇六

注記 (26)

  • 418,609,77,1277にも叶ふらめと申、御姉聟竹村助兵衞次俊
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