Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
一所に書べき道理、曾以てなき也、, て、加賀の國主たる故、江戸駿河へ諸大名と同じく、參勤有たるをならべて、, 同遺言相違の證據の事、, 共、跡かたもなき僞のよし、自筆にて慥に申來候也, の藥を施しけれども、更にしるしなくして、天なる歟、命なるか、春秋五十歳, 大將軍にて、駿府ニ御在城にて、大御所樣と申奉たる時也、利家は大納言に, 候へども、予其節は幼少の事なれば、失念にても有かと不審に存、態書簡を, にて、本書の通、六月廿四日に逝去也、右に記す通、病の初より舌かなはずし, せどもかなはず、醫師數を盡して參集り、倉公華佗が術をつくし、君臣佐使, 下川兵太夫に、一通の遺書を書せたるとあるは、大きなる虚言也、如斯覺へ, 貴僧高僧集り、數百部の法華經を讀誦し、慈救延命の法、種々の懇祈をいた, て、物宣ふ事ならさるにより、公儀へも、家中へも、遺言は無之候、増て祐筆の, 直に云をき有たると記す、皆僞也、右に、予書記たる通也、病日々に重たる故, 御公儀への遺言に、家康公、利家公と書たる事、大きに相違也、家康公は征夷, 認、信州に遣し候て、中川周防入道に尋侍れば、御遺言、又右之七ケ條法度書、, 駁説, ニ關スル, 慶長十六年六月二十四日, 三五九
頭注
- 駁説
- ニ關スル
柱
- 慶長十六年六月二十四日
ノンブル
- 三五九
注記 (19)
- 286,650,60,979一所に書べき道理、曾以てなき也、
- 405,635,63,2224て、加賀の國主たる故、江戸駿河へ諸大名と同じく、參勤有たるをならべて、
- 758,627,59,787同遺言相違の證據の事、
- 874,626,60,1506共、跡かたもなき僞のよし、自筆にて慥に申來候也
- 1577,638,61,2209の藥を施しけれども、更にしるしなくして、天なる歟、命なるか、春秋五十歳
- 523,631,61,2216大將軍にて、駿府ニ御在城にて、大御所樣と申奉たる時也、利家は大納言に
- 1108,628,62,2219候へども、予其節は幼少の事なれば、失念にても有かと不審に存、態書簡を
- 1461,634,60,2211にて、本書の通、六月廿四日に逝去也、右に記す通、病の初より舌かなはずし
- 1696,639,60,2208せどもかなはず、醫師數を盡して參集り、倉公華佗が術をつくし、君臣佐使
- 1226,627,62,2206下川兵太夫に、一通の遺書を書せたるとあるは、大きなる虚言也、如斯覺へ
- 1812,633,60,2211貴僧高僧集り、數百部の法華經を讀誦し、慈救延命の法、種々の懇祈をいた
- 1343,634,61,2208て、物宣ふ事ならさるにより、公儀へも、家中へも、遺言は無之候、増て祐筆の
- 1931,628,61,2226直に云をき有たると記す、皆僞也、右に、予書記たる通也、病日々に重たる故
- 641,632,62,2219御公儀への遺言に、家康公、利家公と書たる事、大きに相違也、家康公は征夷
- 992,628,61,2234認、信州に遣し候て、中川周防入道に尋侍れば、御遺言、又右之七ケ條法度書、
- 1914,264,42,84駁説
- 1960,273,40,154ニ關スル
- 182,702,44,470慶長十六年六月二十四日
- 188,2431,48,130三五九







