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和四年、百石新知拜領仕云々, したあへり、慶長十八年の夏、津輕へ入輿有たり、, 置かたく、御三人程ならては無之事の由、其内ニて、御家ニ有之初き、信枚公, なる大敵たりとも、忽ち退治易かる〓し、是そ天下の一助たらんと言上と, しろき、兩將軍、御感不淺、源君御滿悦のあまり、姫を康元に乞ひ、以て養女と, 守樣へ御奉公申上候處、因幡守樣御姫君, 國清須へ御入輿之節御供仕、其後左衞門大夫殿、藝州廣島へ、御國替にて御, 出之節、御供仕候處、左衞門大夫殿沒落之後、御姫樣京都へ御登り、伏見之御, 城に、暫被成御座、夫ゟ江戸へ御下り、松平甲斐守樣にて、御縁組之御催被遊、, へ御入之節御供仕、其後福島左衞門大夫殿御嫡刑部殿へ御縁邊にて、尾張, ありといへ共、津輕より打て出て、關東とさしはさみ戰はんには、譬へいか, 半合足輕は、天下の諸大名樣方多中に、譯無しては、被召, 慶長十八年、信枚樣へ御縁邊ニて、御入輿之節、妻子召連、御國元へ御供仕、元, 竹内傳右衞門只清き、本國三河人、文録元年、下總の國關宿へ罷下、松平因幡, 權現樣へ爲御養女、江戸御城, 〔奧富士物語〕, 同, 天海僧正筆記の寫といふ, 滿天, 大夫沒落ノ後云々トアルハ誤レ, 姫君, 竹内由緒書、本多氏由緒書同上、〇本書、左衞門, 院の記、, ○新撰陸奥國誌, 乾, 乾三, 上野津梁, 半合足輕, 慶長十七年六月二十五日, 九一一
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- 天海僧正筆記の寫といふ
- 滿天
- 大夫沒落ノ後云々トアルハ誤レ
- 姫君
- 竹内由緒書、本多氏由緒書同上、〇本書、左衞門
- 院の記、
- ○新撰陸奥國誌
- 乾
- 乾三
- 上野津梁
頭注
- 半合足輕
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- 慶長十七年六月二十五日
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- 九一一
注記 (30)
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