『大日本史料』 12編 45 元和八年六月~同年七月 p.234

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としは御盛りなり、御果報は天下無双なり、さて〳〵と申て、上下おしなへ、山も里もな, 八大龍王もおどろかす、醫療之法は、醫王善逝の瑠璃の壺の底を拂ふ、然といへとも、, 本の柱を白絹にて包、やらひを外構に結廻し、發心、修行、菩提、涅槃の四門ヲ立、極, 子樣方、段こにおわします、此度の御産に、姫君おふう樣にて、御産後御煩、終に畢ら, けきけれは、さこそ、日本國中ともに、かくこそあらめと、おもふはかりに見へにけり、, 所也、三間四方に九品蓮臺の火屋をたて、白土にて上ケぬりし、白綾の水引を廻し、四, ひ、晝夜をかけて、細工人とも數百人かゝりこしらへ立、小立野之て被執行、今の御基, せ給ふゆへ、さて〳〵つらきは、此お姫樣やと云ものもあり、御子様方は申に不及、御, 生者必滅の悲しみは、上下をゆるさぬ習にて、御とし貳十三歳にして、七月三日に御遠, 當座に御遺骸を納め奉り、八月八日を三十五日にあたりけれは、御葬送と相究させ給, 行をそなされける、十五歳之て初産をあそばし、九歳の姫君をかしらとして、六人の御, 彩色にいろどりたる樂を打、其間四町去て、伽善堂を四間四方に立、天井には百花をゑ, かき、極彩色、四方にまんだらけ・まんじゆしやけ・摩訶曼多羅花・摩訶曼珠娑花、天, 御葬禮之事, 嚴, 産ムトノ説, 子女六人ヲ, 葬禮鋪設莊, 元和八年七月三日, 一三四

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  • 産ムトノ説
  • 子女六人ヲ
  • 葬禮鋪設莊

  • 元和八年七月三日

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  • 一三四

注記 (20)

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