『大日本史料』 12編 10 慶長十七年八月~同十八年二月 p.537

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の體にては、將軍外聞をうしなひ申さるへき、さん〳〵の事なり、畢竟、將軍, 被申候は、昨夜左衞門方より申越し候は、風を引候ゆへ、明日の登城は成申, て、風引候はゝ、くるしかるましく候間、著物を澤山ニ著し、わたほうしをき, 合候へは、其比は御在國と見へ申候、, ても延引有ては、御心懸りとも思召さるへく候間、如何と存候て、私差圖に, 間敷との事ゆへ、私より申遣し候は、御年始の御禮の御名代なれは、一日に, られ候樣にと申遣し候よし申上られけれは、權現樣御機けんも直り候由、, 慶長十八年癸丑、江戸ニ御越年、正月三日、御登城被成, 此御局は、才智の勝れたる婦人にて、世に名高き人也, をたわけにするものなりと仰有し、御側におあちやとの居られて、取なし, 考ニ、今年御下國の月日わかり不申候、十一月廿三日、忠興君の御書を見, 候へとも、將軍家には、東國西國の大名とも、登城いたす所に、左やう成無禮, 〔本光國師日記〕八二月十日、細川内記殿志水ヨリ状來、即返事遺、明十一, 細川家記, 〔附録, 候, 忠利, 二十一, あちや局, ノ取成シ, 慶長十八年正月一日, 五三七

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  • 忠利
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注記 (22)

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