『大日本史料』 12編 10 慶長十七年八月~同十八年二月 p.676

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しかは、座中興に入たりといひ傳たり、, らす、輝政か軍功によりてこそ奧も入輿し、禄をも加へたまはりしなり、何, たの御光にならせらるゝによつてなりと申けるを、輝政きゝたまひ、しか, しに奧か光りといふ事あらんといたく呵りたまへは、老女はおそれ入て, にて、信輝公野を廻りたまふとき、腰に鎌をさし、道のかたはらにつくはい, 路と三箇國のぬしなれは、せいほしとも思はすとうたひなから舞たまひ, 段々に、二百五拾石まて賜はり、度々功勞ありしものなり、, かりたまひ、自らせいひく舞を見さいなと打返し囃したまひ、播磨、備前、淡, 居て、奉公仕らんと申、歳いくつと聞給ひしに、十六歳と申す、召抱て、夫より, 輝政卿同輩の大名、宴會の座にして、その矮人たる, 座したまふ所にて、池田の御家日々に榮えたまふ事、姫君の御入輿、おほか, を笑ふものありけれは、さらは、予、矮舞といふ新曲をなすへしと、つと立あ, 退ぬ、さて其後、かの老女を呼ひ、竊に宣ひけるは、りの家の榮ふる事、實は奧, より先、神祖の姫君入輿ありて後、おほやけよりつき從ひし老女、輝政夫婦, 〔思ひ出草〕, 是, ○藩鑑三, ニカヽル、十五年二月二十三日、家康、忠雄ヲ淡路ニ封ズル條ニ收メタリ, ○上略、池田輝政ガ大國ヲ領スルニツイテ、福島正則戲言ヲ發スルコト, 十六所收, 舞, スル威嚴, 輝政ノ矮, 奧方ニ對, 慶長十八年正月二十五日, 六七六

割注

  • ○藩鑑三
  • ニカヽル、十五年二月二十三日、家康、忠雄ヲ淡路ニ封ズル條ニ收メタリ
  • ○上略、池田輝政ガ大國ヲ領スルニツイテ、福島正則戲言ヲ發スルコト
  • 十六所收

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  • スル威嚴
  • 輝政ノ矮
  • 奧方ニ對

  • 慶長十八年正月二十五日

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  • 六七六

注記 (26)

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