『大日本史料』 12編 10 慶長十七年八月~同十八年二月 p.636

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をよひ鳳厘栗毛、麒麟青と名つとし馬二匹をたまひ、また虚堂の墨蹟を, 伏見にをい〓、東照宮、輝政か邸にいらをたまひ、御引出物數種を拜受し、, 恩賜せられ、大久保忠常、安藤重信をして、箱根まくをくらせたまふ、九年, も、御刀馬等をたまふ、十二年七月三日、後陽成院宣旨ありて、包永乃御太, 船一艘をたまはま、十五年二月、駿府にをいて、東照宮に拜〓す、このとき、, なり、立入河内守某、使節として播磨國に下向し、宣旨をつたふ、十四年、西, 刀、をよひ寮の御馬を下さる、傳奏は廣橋大納言兼勝、勸修寺中納言光豐, 國乃安宅船御制禁ありといへとも、輝政には、紀伊丸と名すとし、大安宅, 御鷹馬等を賜ぬ、十七年正月、輝政所勞あるにより、江戸、駿府より、御使を, 妻女にも金二千兩をたまふ、十年五月、台徳院殿渡御乃ときも、點茶を獻, し、御太刀白銀等をたまはり、妻女にも、黄金呉服を恩賜あり、十一年、武藏, 三男忠雄に、淡路國をたまふ乃む〓、仰をかうぬり、いとままうすのとき、, の粮米を下さる、また營にめされて、點茶をたまふ、暇まうすのとをき、御刀, 野の邊にをいて、放鷹の地をたまひ、御鷹を下したまぬ、六月、歸國のとき, もすて、しは〳〵、病をとはせら〓、また牧野伊豫守成里、鵜殿兵庫助長秀, 慶長十八年正月二十五日, 御馬ヲ賜, 皇御太刀, 安宅船紀, 後陽成天, 伊丸, 六三六

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  • 御馬ヲ賜
  • 皇御太刀
  • 安宅船紀
  • 後陽成天
  • 伊丸

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  • 六三六

注記 (22)

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