『大日本史料』 12編 11 慶長十八年三月~同年九月 p.529

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は、多分潮流の爲めならん, り、予は船長及び事務長に命じて、水先案内として、平戸まで漁船の長二人, を傭入れしめしに、一人につき、三十レアルと、食料の米とを給すべき約定, り、北東北の風吹き、夜に入りて、南の強風吹けり、針路を北西に取りて、二小, 内は、平戸までの距離を、三十リーグと測定して、針路を北西に取れり、前に, 昨日看たる高丘は、有馬海峽を成せる鵜瀬崎といふ島の上にあり、海峽の, 丘を見、更に北々西に進みしに、間もなく、四艘の大漁船に遭ひて、長崎に赴, は新規の基督教徒なりき、マカオの船ならんと思ひしに、その然らざるに, く途中なることを知れり、長崎は、北々東にありて、北東北に、有馬海峽あり、, 嶮峻なる島より、十二リーグを隔つ、終夜風なかりしに、北方に向て進みし, 北端は、良碇泊所をなし、南端は口の津に通ず、正午まで六リーグを北航せ, 述べたる四艘の中、一艘は長崎のポルトガル人に屬するものにして、乘員, 成立し、彼等は我が船に來り、船員と共に、欣然として勞働につけり、水先案, 西南に横はり、その南には、數多の小島と巖とありて、八日南々西に見たる, 十日朝、黎明西方に當り、最も近き陸地は十リーグを距て、北より東に亙れ, ○中, 略, 慶長十八年九月一日, 五二九

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  • ○中

  • 慶長十八年九月一日

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  • 五二九

注記 (19)

  • 1713,652,57,781は、多分潮流の爲めならん
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