『大日本史料』 12編 12 慶長十八年九月(支倉常長訪欧関係史料) p.310

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ゟ御渡り候、こんはんにや者、東, す御門派渡り候、此三門派あびと坐行もかはり候て、西方, 々ノ同切子旦重而大刑四拾万斗御坐候、聞子多く候へども、伴天連衆少, へは、はつは樣、一細切子旦之せすきり人之御定メを以、御親にてまし増, の切子旦、五年拾年ニ一度こひさん申者も、又其内よりひさ〳〵申候は, ゆていも皆々かはり候、唯今者殊外敏昌仕候、切子旦之有付候て、天有主, ぬ者多ク御坐候、あに間之召物、天有主之御言共之養之少キ故、妨之有時, ひろめ候樣に、御免シ被戌候、〓其のち、けん・あこつちいの。けん・どみんこ, ク、ばすとろ唯一人御坐候、是者口をも通はす、唯一つ所斗御坐候故、國々, 分者、ゑすひりつ之味無御坐候而、殊之切子旦ころび申候、左樣に御坐候, へたいして防をも捨、一めいをも指上、殊夕之まる地り出來申候、日本國, 者、あに間かつゑて死不申候樣に、殊夕之はすとろ御定メ被下候樣にと, き、扨々眞之後生道、せんちよまて得存候、隨而せんちよ之出家多き程、し, 文万々をこない、樣子いつになり候て、皆々日本之者、知惠之まなこを開, 奉頼候、聞子少キ間者、はすとろ一人にても、能御坐候へ共、聞子重り候而, ゟ御渡候へとも、天有主貴御法經, 慶長十八年九月十五日, ○ふいりつぴ, ん諸島ナリ, ○いん, どナリ, 基督教徒, ノ數, 三一〇

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  • ○ふいりつぴ
  • ん諸島ナリ
  • ○いん
  • どナリ

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  • 基督教徒
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  • 三一〇

注記 (24)

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