Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
勝は、松坂井城にありて、兵をわかちてこれを援く、二十三日より、毛利秀, て、ぬたゝも城中に引入、二十六日、信高籠城かなひかたきを察し、矢文を, 放ちて和をこひ、終に城を避て落髮し、高野山に走る、關原凱旋のゝち、信, 自由ならしむ〓しとの仰をかうぬり、分部左京亮光嘉とゝもに、その日, りす、伊勢國に赴く、ときに洋中にをいて、九鬼大隅守嘉隆か敗船、信高か, らき、〓出して敵中にはせいり、奮戰して五百餘人を討取敵を追はらひ, 船に鉤をうちかけ乘とらんと次、信高、嘉隆とは舊友のよしみあよをの, 元、長束正家等、大軍を率ゐて攻る事急なり、二十四日、信高、光嘉、防戰すと, 野は、要害よからすと〓、津の城に來り、城乃東門を守る、古田兵部少輔重, いへとも、光嘉創を被り、且衆寡敵をす、終に一二〓丸を敗られ、詰の城に, 引退きく、これを守る、二十五日、敵詰の城をかこみ攻、信高城戸をおしむ, らけなときき、上方の手遣自由ならし、信高急き本國に歸り、渡海乃往來, 小山を發し、池田三左衞門輝政か居城、三河國吉田にいたり、船百艘をか, へて、漸虎口をまぬのれ、本國に歸り、津〓城に籠る、分部光嘉き、其居城上, 地に陣す、ときに、三成叛逆乃きこ〓あり、八月朔日、伊勢國の渡海やすか, 慶長十八年十月二十四日, 城ヲ固守, 役安濃津, 關ケ原ノ, 城ヲ致シ, テ高野山, 九一
頭注
- 城ヲ固守
- 役安濃津
- 關ケ原ノ
- 城ヲ致シ
- テ高野山
ノンブル
- 九一
注記 (22)
- 988,693,64,2146勝は、松坂井城にありて、兵をわかちてこれを援く、二十三日より、毛利秀
- 405,693,66,2139て、ぬたゝも城中に引入、二十六日、信高籠城かなひかたきを察し、矢文を
- 289,693,64,2139放ちて和をこひ、終に城を避て落髮し、高野山に走る、關原凱旋のゝち、信
- 1687,701,57,2137自由ならしむ〓しとの仰をかうぬり、分部左京亮光嘉とゝもに、その日
- 1452,700,63,2136りす、伊勢國に赴く、ときに洋中にをいて、九鬼大隅守嘉隆か敗船、信高か
- 523,700,64,2129らき、〓出して敵中にはせいり、奮戰して五百餘人を討取敵を追はらひ
- 1338,696,61,2139船に鉤をうちかけ乘とらんと次、信高、嘉隆とは舊友のよしみあよをの
- 872,694,63,2145元、長束正家等、大軍を率ゐて攻る事急なり、二十四日、信高、光嘉、防戰すと
- 1104,695,64,2146野は、要害よからすと〓、津の城に來り、城乃東門を守る、古田兵部少輔重
- 755,708,64,2124いへとも、光嘉創を被り、且衆寡敵をす、終に一二〓丸を敗られ、詰の城に
- 639,697,62,2134引退きく、これを守る、二十五日、敵詰の城をかこみ攻、信高城戸をおしむ
- 1801,710,59,2131らけなときき、上方の手遣自由ならし、信高急き本國に歸り、渡海乃往來
- 1568,700,62,2139小山を發し、池田三左衞門輝政か居城、三河國吉田にいたり、船百艘をか
- 1219,713,65,2126へて、漸虎口をまぬのれ、本國に歸り、津〓城に籠る、分部光嘉き、其居城上
- 1916,705,62,2134地に陣す、ときに、三成叛逆乃きこ〓あり、八月朔日、伊勢國の渡海やすか
- 194,688,42,469慶長十八年十月二十四日
- 1183,255,40,173城ヲ固守
- 1227,257,43,170役安濃津
- 1273,257,38,163關ケ原ノ
- 314,255,41,162城ヲ致シ
- 270,257,39,167テ高野山
- 186,2422,41,66九一







