『大日本史料』 12編 13 慶長十八年九月~同十九年四月 p.577

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二据、鶴とりの逸物なるむ手を賞譽せらる、八月二十四日、義光に屬せら, らむにこ絹百端、無上茶三斤を恩賜せられ、且、去年獻するところの大鷹, され、亂をし〓めたまへは、心やすかなへし、會津押へのこと、なを肝要た, るのむ手、御書をたまふ、この月、合戰の次第をしぬして注進す、二十四日, るゝ隣境の軍列をさためられ、其御朱印を下さる、第一番は南部五千人, 二番は戸澤二千二百人、本堂四百人、六郷三百人、三番き秋田二千六百五, その書、大坂にいたり、來春は、すみやかに景勝を御成敗あるへきのむ手, ろの桶革胴の甲胃を着てたゝかひしに、銕炮にて眞向をうたれ、其筋金, 原八右衞門某、井上牛之助某等をはしめとして、味方に降參すなもの、凡, おれくほみしよしきこしめされ、御書をたまひて、糸毛の御腹卷一領、な, 五百餘人とし多せり、十七日、さきに關原御凱旋有て、御座を大坂にう〓, 某、神保隱岐某、下次右衞門秀久、下助七郎某、下勘四郎某、戸井半左衞門某, 十餘人、雜兵六百二十三人討死し、政宗か援兵も、三十餘人うた〓、すへて, 仰下さ多、六年正月十七日、さきの合戰に、義光、織田右府よめたあふとこ, 義光か手に、うち取ところの首數三千七百餘級、上杉か軍士關口軍兵衞, 定メテ義, ノ軍列ヲ, ヲ精フ, 家康義光, 家康隣境, 光ニ屬セ, 家康大坂, 二入ル, シム, 〓慶長十九年正月十八日, 五七七

頭注

  • 定メテ義
  • ノ軍列ヲ
  • ヲ精フ
  • 家康義光
  • 家康隣境
  • 光ニ屬セ
  • 家康大坂
  • 二入ル
  • シム

  • 〓慶長十九年正月十八日

ノンブル

  • 五七七

注記 (26)

  • 482,694,60,2142二据、鶴とりの逸物なるむ手を賞譽せらる、八月二十四日、義光に屬せら
  • 599,695,59,2142らむにこ絹百端、無上茶三斤を恩賜せられ、且、去年獻するところの大鷹
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