『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.97

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アリ、參看スベシ、, 〔參考〕, か妻とれり、乃ち離婚す、, 利光ニ隸屬セシメシコト、十七年是歳ニ、其他重ナル事蹟ハ、各、其本條, 日守家の御太刀、長光乃御脇指を壹あはり、封國の御朱印を下さる、, 遺物備前三郎乃刀、不動正宗の脇指を獻し、家臣二人御前にいつな、こ乃, ○利長、加賀、能登、越中三ケ國ヲ領セシコト、五年十月十五日ニ、從、臣ヲ, 乃ち正二位大納言を贈らる, さよ、九月九日、少將にすゝむ、こ乃とき台徳院殿より、長銘正宗の御脇指, ををまふ、十六日、駿府にあいりて、東照宮に襲封を謝し壹てまつり、父か, 女子實き牧村兵部大輔利貞か女、利長に養はれ、其家臣前田美作守直知, 城にをい〓卒す、年五十三、聖山英賢瑞龍院と號す、高岡の瑞龍寺に葬る、, 室は右大臣信長の女、, これにうつり、これより關野を高岡とあらをむ、十九年五月二十日、高岡, 慶長十九年七月、父か隱栖の料をもあはせ領すへきむ手仰下, 利常, 慶長十九年五月二十日, ○上, しといへとも、しはらく寛永譜にしさかふ, 今の呈譜、贈官位を乃せさるときは疑ふ面, 略, 贈位, 移ル, 利常, 室織田氏, 高岡城二, 女子, 慶長十九年五月二十日, 九七

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  • ○上
  • しといへとも、しはらく寛永譜にしさかふ
  • 今の呈譜、贈官位を乃せさるときは疑ふ面

頭注

  • 贈位
  • 移ル
  • 利常
  • 室織田氏
  • 高岡城二
  • 女子

  • 慶長十九年五月二十日

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  • 九七

注記 (29)

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