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の御陣營に參りて拜〓す、ときに御座近くめされ、尼崎も肝要乃地なり、小, り、松平武藏守利隆、弟左衞門督忠繼等は、親戚たるかゆへに、これを援きし, たり感し思召との仰をかうふお、元和元年の役には、内藤紀伊守信正仰を, 身にして堅固にこれを守り、大坂勢を禦き、その通路を遮りし事、忠節乃い, めらよ、これにより利隆、家臣池田越前守重利、南部越後守某をして、兵をむ, のとき、松平主殿頭忠利をして、尼崎をまもらしめたたふ、よりて政長、勝山, うきて尼崎城にいたり、政長を援けてこれを守ま、こ乃とき弟千松光延を, 参の守りの堅固なるかゆへに、軍を引て歸る、十一月、東照宮大坂に御着陣, きゐて、か乃地にいたらしむ、そのゝち大坂の兵、尼崎を襲はんとせしかと、, 敢てしたかはす、攝津國乃うち、數多の人質をとり、尼崎城に籠りて、固くこ, れを守る、このとき東照宮仰ありけるき、政長弱年にして、且微勢なむによ, のよし、告來るといへとも、政長かつて恩命をかうふる事の厚かりしかは、, 九年の冬、大坂籠城の企あよにより、代官所の兵粮米を城中に運送すへき, 慶長十, 人質として、京師に送りまいらす、七月二十一日、二條城にをいて御前にめ, 〔寛政重修諸家譜〕細百建部政長, 〔寛政重修諸家譜〕珊百建部政長〓波〓土〓、體展〓五燐五月慶, 元和元年七月二十一日, 丹波〇○上略、慶長十五年五月, 守、二十七日ノ條二收ム, 守、, 元和元年七月二十一日, 二六六
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- 丹波〇○上略、慶長十五年五月
- 守、二十七日ノ條二收ム
- 守、
柱
- 元和元年七月二十一日
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- 二六六
注記 (23)
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