『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.991

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を破壞し、他の祭式用の器具と共に火中したり、耶蘇會の宣教師は、トドス, 事とせり、, 徳庵、其外京都、大坂の追放者數名と、婦女子とを乘せて、マニラに行く豫定, に向つて出發せり、此所に到る事能はざりし者は、其夜はイウジンジに過, チン派の宣教師、耶蘇會員二十三人、説教師數名、并にジユスト右近殿、内藤, なりき、他の二艘の船は、耶蘇會の宣教師十三名、説教師、學林の生徒、外日本, 十月十四日、サン・ドミニコ派の宣教師は、僧院、并に墓地の十字架を取り、之, ロス・サントスの會堂外一ケ所にありし司教、其他パードレ等の遺骸を發, 掘して、安全の地に移せり、其他諸人も亦競ひて之を行へり、十五日、會堂内, に、宣教師に命じて、同月十六日、即ち陰暦十四日、木曜日までに乘船する, 整はずば、福田に到りて之を待つべしと命ぜり、宣教師は此命に從ひ、福田, を整理し、燈明を消し、聖餐を盡せり、耶蘇會の宣教師も亦之に倣へり、二十, エステバン・アコスタの船は、サン・フランシスコ派、ドミニコ派、及びアグス, の追放者の殘部を、マカオに輸送する筈なりき、左兵衞は、十月十一日, 左兵衞は、追放者に次の月躍日に出發すべく、若し船の準備, 五日, ○九月一, 月八, 十二日, ○九, 出發ノ準, 宣教師等, 藤廣ノ命, 令, 備, 慶長十九年九月二十四日, 九九一

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  • ○九月一
  • 月八
  • 十二日
  • ○九

頭注

  • 出發ノ準
  • 宣教師等
  • 藤廣ノ命

  • 慶長十九年九月二十四日

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  • 九九一

注記 (27)

  • 1001,576,59,2225を破壞し、他の祭式用の器具と共に火中したり、耶蘇會の宣教師は、トドス
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