『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.994

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朝までに悶死したり、, 寺を破壞せしめ、十一月十五日を以て、悉く之を終れり、, 永く長崎の學林の長たりき、, り、夜に入り、基督教徒は、之を癩病者の住める巖窟に誘ひしが、内二人は、翌, りしが故に、敢て會堂破壤の命令に應ぜざりき、因りて止を得ず、他領の兵, に入れ、平戸の領主、及び部下の兵士は、耶蘇會の寺に、大村の兵士は、サン・フ, 教徒、九兵衞の前に呼び出されたり、將軍の命に依り、額に十字架の印を烙, 士をして、耶蘇會の寺院サンタ・マリヤ、サン・フワン、サン・アグスチン、サン・ア, 宣教師等の長崎を出發する前に左兵衞は、他領より來りし兵士を會堂内, ワン・バプチスタ寺に寄宿せしめたり、長崎の住民五萬人は、皆基督教徒な, 帝國内に於て、内府樣の命令に背きし者は、唯丹波の領主父子のみなりし, 印し、阿部川の岸に伴ひて、其兩手の十指を六囘に切斷し、終日其所に曝せ, ントニヨ、サン・ペドロ、サン・ドミニコ、サンチヤゴ、サン・フランシスコ等の諸, 將軍駿河を發し、大坂に向はんとするに先立ち、三月二十七日、七人の基督, が、内府樣は、之を見ざる眞似して、深く咎めざりき、, レタル長, 破壤セラ, 教徒ノ額, 崎ノ基督, 教諸寺院, 一烙印ス, 慶長十九年九月二十四日, 九九四

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  • レタル長
  • 破壤セラ
  • 教徒ノ額
  • 崎ノ基督
  • 教諸寺院
  • 一烙印ス

  • 慶長十九年九月二十四日

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  • 九九四

注記 (23)

  • 1205,583,53,643朝までに悶死したり、
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