『大日本史料』 12編 12 慶長十八年九月(支倉常長訪欧関係史料) p.256

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アンゼロ門より、公然入市せり、法王は、彼等の名譽を表する爲め、その甥ド, イス、外十五人許の日本人の隨員と共に、四五日前、馬車にて來り、直ちにキ, 州の王が、基督教を信ずるに至りしことに與りて力あり、大使は、フライ・ル, 兵進行せり、斯の如くして、新ボルコ、及び法王の通路を通りて、カピトルに, 手之に續き、宮廷の人、及び貴族、日本風の武器を携へたる大使の隨員と共, 多數の貴族と共に、此行列に加はらしめたり、輕騎兵先驅し、喇叺手、及び皷, にして進み、次に、多數のトガを着したるもの進み、其側に、侍衞のスウイス, 至り、アラチエリのマリア寺の傍なるサン・フランシスコ派の僧院に入れ, にして、一般基督教徒の頭たることを認め、サン・フランシスコ派の宣教師, リナル宮に至り、法王に内〓見をなせり、大使は、フライ・ルイスと共に、今日, の領内に於て、廣く基督教の布教を許し、又法王が、地上に於て、基督の代官, ン・マルコ・アント二オ・ビットリヨをして、輕騎兵、并にスウイス兵を率ゐて、, に之に續けり、次に、大使フイリッポは、マルコ・アントニオ・ビットリヨを左, フライ・ルイス・ソテロと共に、右大使を當市に遣はせり、フライ・ルイスは、奧, り、一行は同所に寄宿し、法王の出費にて接待を受けたり、法王は、多數のカ, 慶長十八年九月十五日, 二五六

  • 慶長十八年九月十五日

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  • 二五六

注記 (17)

  • 1074,634,60,2194アンゼロ門より、公然入市せり、法王は、彼等の名譽を表する爲め、その甥ド
  • 1305,631,62,2195イス、外十五人許の日本人の隨員と共に、四五日前、馬車にて來り、直ちにキ
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