『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.1067

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

グダレナといふ、母は皇后に仕へて祐筆を務め、淑徳非凡の婦人なりき、, 母も亦羽柴に仕へしが、共に洗禮を受けたり、父の名をリウサ、母の名をマ, 々たりしが如く、專ら聖教を遵守し、善行の模範を示すに務めたり、彼の父, 石を領する大諸侯にして、太閤樣の寵幸厚き者なりき、此外猶著しき改宗, 朝廷に其人ありと聞えたるアグスチン、聖教を奉じ自ら他を勸誘せしを, の國主は領地なる筑前の博多に會堂を建立せり、信長の親族は禄高百万, 者二名の事はパードレ・ルイス・デ・グスマンの著書第十編第十七章に左の, 如く記載せり、ジユストの盡力に依りて、改宗せし高貴の人は其數五十名, に餘りしが、其中最も高名なる者一人あり、天禀の才能ありて、羽柴より實, ば、彼は成る可く多人數を誘ひて、説教を聽問せしめんと務めたり、且つ彼, は生來驕傲不遜なりしが、受洗後は心を飜して、曩に己の名譽の保全に汲, 國主コンスタンチノ, 子の如く親愛せられ、其總大將に任せられたる人にして、其名をアグスチ, 武士に賦與するに、大なる才智と、聖教を深く尊崇する志とを以てしたれ, 及び其一族と、信長の親族の一人となり、豐後, と稱せり、其改宗するに當り、羽柴は之を意とせざりき、吾主は、此, ○小西, 行長, 吉統, ○大友, 小西行長, ノ信教, 慶長十九年九月二十四日, 一〇六七

割注

  • ○小西
  • 行長
  • 吉統
  • ○大友

頭注

  • 小西行長
  • ノ信教

  • 慶長十九年九月二十四日

ノンブル

  • 一〇六七

注記 (24)

  • 392,582,60,2157グダレナといふ、母は皇后に仕へて祐筆を務め、淑徳非凡の婦人なりき、
  • 507,576,58,2203母も亦羽柴に仕へしが、共に洗禮を受けたり、父の名をリウサ、母の名をマ
  • 624,587,58,2208々たりしが如く、專ら聖教を遵守し、善行の模範を示すに務めたり、彼の父
  • 1674,579,60,2219石を領する大諸侯にして、太閤樣の寵幸厚き者なりき、此外猶著しき改宗
  • 273,575,60,2217朝廷に其人ありと聞えたるアグスチン、聖教を奉じ自ら他を勸誘せしを
  • 1791,585,58,2209の國主は領地なる筑前の博多に會堂を建立せり、信長の親族は禄高百万
  • 1556,576,60,2209者二名の事はパードレ・ルイス・デ・グスマンの著書第十編第十七章に左の
  • 1441,581,57,2216如く記載せり、ジユストの盡力に依りて、改宗せし高貴の人は其數五十名
  • 1324,580,59,2218に餘りしが、其中最も高名なる者一人あり、天禀の才能ありて、羽柴より實
  • 855,579,61,2216ば、彼は成る可く多人數を誘ひて、説教を聽問せしめんと務めたり、且つ彼
  • 739,582,60,2213は生來驕傲不遜なりしが、受洗後は心を飜して、曩に己の名譽の保全に汲
  • 1908,581,50,614國主コンスタンチノ
  • 1204,565,59,2222子の如く親愛せられ、其總大將に任せられたる人にして、其名をアグスチ
  • 973,573,57,2219武士に賦與するに、大なる才智と、聖教を深く尊崇する志とを以てしたれ
  • 1911,1444,56,1350及び其一族と、信長の親族の一人となり、豐後
  • 1089,869,59,1926と稱せり、其改宗するに當り、羽柴は之を意とせざりき、吾主は、此
  • 1118,657,40,178○小西
  • 1073,655,41,111行長
  • 1893,1235,42,111吉統
  • 1933,1237,47,182○大友
  • 1115,216,41,162小西行長
  • 1070,216,41,120ノ信教
  • 172,644,44,471慶長十九年九月二十四日
  • 176,2390,42,154一〇六七

類似アイテム