『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.1099

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き勅裁を仰ぐこととしたり、皇帝は、彼等一同を乘船せしめ、多數の監視兵, に用ひ、隣接せる會堂に行きて聖祭に列し、聖餐を受くるの外、外出するこ, 服從せり、神は彼の光榮ある苦難を賞し、その流寓を終らしめんが爲め、一, を設け、彼等の收容に供せしかば、ジユリヤは會員の婦女十三名と共に此, 々に尊ばれ、齡六十二歳にて歿したり、, りしなり、左れば恐懼に堪へずして、事の始末を皇帝へ奏聞し、處分方につ, となかりき、何れも屡々此祕蹟を受くるを樂み、就中若干名は、パードレの, その身分貴きを知り居たりしも、斯くまで門地の高貴なりとは、夢想せざ, を添へて、長崎へ護送せしむべきを命じたり、斯くて一行は、長崎に至りし, に、マニラに追放せらるゝの命に接し、一千六百十四年十二月二十一日、同, 所に入り、爾來數年間、彼等は種々の修行に餘命を暮し、一日の大部分は、祈, 許を得て、毎週三囘聖餐を受領せり、ジユリヤ生存中は、他を指導し、皆彼に, 地に著せり、仍てマニラ城外に耶蘇會の管したるサン・ミゲル邑に修道院, 千六百二十七年三月廿五日、之を招き、彼は會員に惜まれ、マニラ全市の人, 何なる名族に屬せしかを知り、之を辱しめしを大に悔いたり、彼は固より, 賀、マリナ・パック、マリヤ・ムニ等ノ事ア, ○コノ外、マダレーナ中島、マリヤ伊, 送セラル, 長崎ヘ護, ジユリヤ, マニラニ, 追放セラ, ジユリヤ、, ノ死, 慶長十九年九月二十四日, 一〇九九

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  • 賀、マリナ・パック、マリヤ・ムニ等ノ事ア
  • ○コノ外、マダレーナ中島、マリヤ伊

頭注

  • 送セラル
  • 長崎ヘ護
  • ジユリヤ
  • マニラニ
  • 追放セラ
  • ジユリヤ、
  • ノ死

  • 慶長十九年九月二十四日

ノンブル

  • 一〇九九

注記 (26)

  • 1553,586,64,2218き勅裁を仰ぐこととしたり、皇帝は、彼等一同を乘船せしめ、多數の監視兵
  • 846,594,64,2209に用ひ、隣接せる會堂に行きて聖祭に列し、聖餐を受くるの外、外出するこ
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  • 1673,588,59,2209りしなり、左れば恐懼に堪へずして、事の始末を皇帝へ奏聞し、處分方につ
  • 731,595,61,2203となかりき、何れも屡々此祕蹟を受くるを樂み、就中若干名は、パードレの
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