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大に悦ひ、則城の前に大手有り、是に宿陣、四五日逗留す、大坂より不寄もや, 伊州大に感心あり、流石肥〓寄特成被申分なり、御越に於ては、茨木堅固た, にはせのほる、その夜板, 守知急駿府をたちて大坂, るへく、一段可然由也、則茨木に至りて、東市正にしか〳〵といへば、東市正, 倉伊賀守かかたよりつかひをもりて守知に告くいはく、片桐東市正、茨木, 後守進之云、常の參勤乃歸りにて、人少には候得共、茨木へ加勢に可參哉否、, 茨木城に取り籠を、大坂ゟ可攻由風説有により、加勢の事を申越と云々、肥, の城にこもりけるところに寄手襲きしらんとす、かるがゆへに數度にお, り寄來り打潰〓をよし風説なり、其頃肥後守駿府御暇被下、在所へ歸る迚, よびて加勢をこふといへとも、諸軍士いまだむかはす、守知茨木おもてへ, 京都に於く、板倉伊賀守方へ立寄りけれは、所司代伊賀守宣ふは、片桐市正, はせむつふべしとなり、これによりく翌日茨木の城におもむく、, うに極りけれは、在所, へ歸りたる, 〔戸川家譜〕慶長十九年、大坂事出來の時、片桐市正茨木城に楯籠る、大坂よ, ○本書、及, ビ寛政重, ○寛永諸家系圖傳、寛政重修諸, ○寛政重修諸家譜京都, 修諸家譜川勝廣綱、藤懸永勝、永重父, ○備中, 子ノ條ニハ、本條ノコト所見ナシ、, トナスノ外異事ナシ、, 家譜、竝二本條ノコト所見ナシ, 庭瀬, 戸川達安, ノ赴援, 慶長十九年十月十五日, 四一四
割注
- ○本書、及
- ビ寛政重
- ○寛永諸家系圖傳、寛政重修諸
- ○寛政重修諸家譜京都
- 修諸家譜川勝廣綱、藤懸永勝、永重父
- ○備中
- 子ノ條ニハ、本條ノコト所見ナシ、
- トナスノ外異事ナシ、
- 家譜、竝二本條ノコト所見ナシ
- 庭瀬
頭注
- 戸川達安
- ノ赴援
柱
- 慶長十九年十月十五日
ノンブル
- 四一四
注記 (30)
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