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ゐて軍功をはげますのよしを披露す、, といふ、吉正答くいはく、彼地形われもとよりしれり、たゝ堤の道一すちあ, がは、敵なんぞたやすく舟はしをりたらんや、もし敵川をりたして、直盛を, り、小勢たりといふとも、これをぬせぐに利あらん、善舟梁をりたすとも、綱, とひ宇治邊まてをうひきた多といふとも、一足も城外へ出べからす、吉正, とはりければ、隱岐守いはく、汝、我につきて、伏見の城をまもしうへは、敵た, をはらすはろなふべつらす、しからはりれ士卒を引ゐて、日夜これをふせ, うち外さば、吉正も又命をうしなはん事必せりといりて、其日の未刻に京, これを聞く、勝重好つけく、すみやろに茨木へおもむかんといふ、其時伊賀, 現、台徳院殿、京伏見へ御着座の時まて、彼地をまもる、勝重書を近臣にをく, 守いはく、吉正わづかの勢を引ゐて、大敵にあたらん事、淺慮のいたりなり, ありといへとも、茨木へ發向すべしと勝重下知に依く、其よし隱岐守へこ, 慶長十九年、大坂御陣のとき, を發し、子刻に、次木に參着して、穗積に陣所をかまへ諸軍の來なを待、大權, りて、大權現、台徳院殿へ言上しけよは、吉正小身たりといへども、一族を引, 長谷川守知, 寛永諸家系圖傳〕, 右兵, 衞尉, 八十, 長谷川守, 穗積ニ陣, ヲ援ハン, 吉正茨木, 知ノ赴援, トス, ス, 慶長十九年十月十五日, 四一三
割注
- 右兵
- 衞尉
- 八十
頭注
- 長谷川守
- 穗積ニ陣
- ヲ援ハン
- 吉正茨木
- 知ノ赴援
- トス
- ス
柱
- 慶長十九年十月十五日
ノンブル
- 四一三
注記 (29)
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