『大日本史料』 12編 15 慶長十九年十月~同年十一月 p.950

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ゝのひしにより、むれしく武藏國にかヽへな, ぎて、かゝよ振廻ありと世人のおもはむこといつゝなれは、このことかれ, 重信, りといへとん、としころ御傍ちかくたかへし者なれは、うち〳〵の仰をう, らすおもひとゝまるへしされきにをいてき、來世まても御勘當あるへき, んとして、箱根の關にいたるといへとも、往來をとゝめく通路かれはさり, しつは、また龍穩寺にかへり、重信を商人乃かたちになして、東山道より大, 妻子を武藏國の村里にうつし、男重信を携へて、ひそかに大坂におもむか, む手、利勝及ひ本多佐渡守正信より返書を贈る、重政その意に服し、やのく, すしてかへり、ぬたゝひすかたを變しくいたるとい屋とも、和議すくにと, 其條アリ、參看スベシ、, 坂にいたらしむ、ときに東西すくに和睦調ふにより、又むれしく武藏國に, ○重政父子譴ヲ蒙リ、武藏龍穩寺ニ蟄居セシコト、十八年正月六日ニ, 大坂陣のとき、父にしたかひ、ひそつにか乃地におもむかんとせしか、果の, かへな, 慶長十四年十二月二十七日、從五位下伊豆守に敍任し、十九年、, ○下略、元和元年五月六, 日戰死ノコトニ係ル, 伊豆, 守, 下略, ○上, 重信, 慶長十九年十一月十三日, 九五〇

割注

  • ○下略、元和元年五月六
  • 日戰死ノコトニ係ル
  • 伊豆
  • 下略
  • ○上

頭注

  • 重信

  • 慶長十九年十一月十三日

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  • 九五〇

注記 (25)

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