『大日本史料』 12編 16 慶長十九年十一月~同年十二月 p.699

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御手に入りしと申されしなり、, などき、麗相にざつと圖して出す〓古法なりとなり、神君はかやうの古法, 立ぬ男なりと有てく、御見限有て、其のち御不和也しとなり、惣じて敵城の圖, 師曰、大坂ニテ、越前衆ノ陣屋ノカケヤウ群ヲハナレ, に、城中より〓炮高く打出して、士卒一人も不傷、是石川數馬がはかる處な, り、人譽、或老士これを聞て、城中の〓炮は、晝能々ため込、土俵を以て究之と, まへを、さも〓〳〵しく彩色圖してく出されたるを、神君一目御覽有て、役に, をなせるものなりと云き、, 持口の圖を銘々にしるして見よとの上意のとを、越前の持口の敵城のか, よく御覺ありて、武の法くわしく御吟味ありたる名將なりし故に、天下も, きは、闇夜といへども、外るを不多ものなり、城兵こもを不知して、石川が名, テ見芟ナリ、油幕ノカマヘ殘所ナカリキ、井伊直孝カ内廣瀬見科、脇五右衞, 大坂冬陣に、越前黄門忠直の手の仕寄を付に、夜に入て長竹を以て付寄る, 上泉義郷曰、越前少將忠直卿, 大坂冬御陣越前忠直卿の手仕寄之事, 東照宮と不和の起原は、大阪にて諸手の, 〔山鹿語類, 〔常山紀談〕, 拾遺, 三十, 士談九, 一伯, 後號, 四, 越前衆ノ, 石川數馬, 不和, 越前ノ臣, 陣, ト家康ノ, 越前忠直, 慶長十九年十二月四日, 六九九

割注

  • 拾遺
  • 三十
  • 士談九
  • 一伯
  • 後號

頭注

  • 越前衆ノ
  • 石川數馬
  • 不和
  • 越前ノ臣
  • ト家康ノ
  • 越前忠直

  • 慶長十九年十二月四日

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  • 六九九

注記 (33)

  • 1255,642,55,932御手に入りしと申されしなり、
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