『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.467

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掃部一首かくの〓くよみて、但馬守殿へ參らする歌に、, どの勇士なり、種村肖推寺事は、種村三郎四郎といひて、柴田修理亮殿の, 守殿代に、紀州にまねき入たまひしが、但馬守殿供仕り、樫井には至りし, て一揆を起せし刻、熊澤出向て、自身一揆大將の五味を鑓付討捕たるほ, 備大將なり、勝家滅亡の後流浪せしを、前田又左衞門殿よりよび出し給, 露顯あつて、喜内一揆今晩からめとり籠者せしむるのよし注進あり、し, 吉公へ隨身したまふをうらめしくやおもひけん承引仕らず候處に、利, と聞えし、白雲の琵琶は、今に至て其家に有ときく、かくて紀州勢信達を, ひて、是非めしかゝへらるべきと有けれとも、利家、勝家入魂たりしが、秀, かる間、紀州勢大きに驚、其夜信達を打立、紀州に開陣す、その時信達の長, 雲といふ天下の名を得たる琵琶を肖推寺に出さるゝとなり、淺野紀伊, さして引入處に、和歌山より飛脚到來あり、其趣は山口の喜内といふ者, 一揆と一味つろまつり、和歌山へ越置所の人質をうははんとせし調儀, 家殘りおほくやおもはれけん、種村琵〓の上手なるをしりたまひて、白, 極月紀州の内有田日高郡の賊協五味善鬼等大將として、熊野の小川に, 元和元年四月二十九日, 白雲ノ琵, 淺野氏兵, ヲ引キ上, 山口ノ一, 種村肖推, 揆蜂起ス, 琶, 寺, 元和元年四月二十九日, 四六七

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  • 白雲ノ琵
  • 淺野氏兵
  • ヲ引キ上
  • 山口ノ一
  • 種村肖推
  • 揆蜂起ス

  • 元和元年四月二十九日

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  • 四六七

注記 (26)

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