『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.741

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ナク火ヲトボシツレテ來レルガ、ソノ内ニ功者アリテ火ヲケサセタルナ, ルベシト申セリ、丹後ツモリノ如クナリシトゾ、丹後守足輕ハ、二本シナイ, 成はしり寄、簗瀬を打取れけり、後に鉄炮を見しに、火ぶたをきらでありし, となり、廣田人に語りて、事の急なるに臨みては、思ひの外にあはつるもの, ヽシニ不功者ナルヿヲ云ヘリ、寄來ル敵何ユヘニ火ヲ多クトボシツレテ, リ、敵ニテハ有マジキト申來レリ、丹後キイテ、サテハ敵ナルベシ、定テ何心, 也、我すでに先がけ殿數多して自負せしかば、殿の前にて鑓脇を打んとお, 水野日向守方ヨリ諸手ヘ申シ來ルハ敵ヨセ來ルトミヘテ、松明多クミヘ, もひ設しに、かくうろたへぬ、あつはれすべきと工みたる事のかくのどく, 候、由斷アルマジキトノヿ也、丹後キイテ、日向ハ吏ニアイツケタル者トキ, をなけ捨て鑓を取、〓瀬又右衞門といふ敵にわたし合せ〓伏られしを、勝, 可來、敵ニテハ有マシキトツブヤク、ソノ次ニ先ニミヘタル松明皆キヘタ, 後守トカハル〳〵ツトメケルカ、五日ノ夜イタクフケテ、六日ノ夜明方ニ, なれば、まして不意の事をや、能思慮すべき事ぞとかたりたり、, 師曰、大坂ノ時、大和口ノ先手ハ、堀ノ丹後守ト松倉豐, 〔山鹿語類〕, 士談九, 三十, 知ル, 堀直寄敵, ノ來襲ヲ, 直寄足輕, 一鍬ヲ携, へシム, 元和元年五月六日, 七四一

割注

  • 士談九
  • 三十

頭注

  • 知ル
  • 堀直寄敵
  • ノ來襲ヲ
  • 直寄足輕
  • 一鍬ヲ携
  • へシム

  • 元和元年五月六日

ノンブル

  • 七四一

注記 (26)

  • 390,640,57,2205ナク火ヲトボシツレテ來レルガ、ソノ内ニ功者アリテ火ヲケサセタルナ
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