『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.778

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るに、又兵衞答て、いや腰の冷へ候まゝ、見合卷て罷在へきかと存し、斯の〓, く致し置候と申しりける、料理の時分になりけれは、頓て相伴にて膳を, 手を打て、扨も〳御身は利言の士のな、兼々其智勇をかんし、猶試んか爲, れたりにれは、又兵衞答て、主人方に手のよきもの共、專ら澤山にて御座候、, し、其中より香箸をいたして、夫にて喰にる、既に膳過て後、正則、前日又兵衞, き手の大將へ送るには、惡しき手の者に書せ遣し候と申たりたれは、正則, 去なから能き手の大將へ送るには、其能く書候ものに書せ遣し候、又惡し, て滯る事なし、天晴の御器量哉とて、甚感せられたるとなり、, 跡を晦して終りしと云説ありき、, 出したるに、箸を付すして居へたりたれは、又兵衞懷中より鼻紙袋を取出, に、今日招きたり、何と〓こまらせんと思ひ、さた〳〵に〓といえ共、曾て以, よ、長政の家には能く書き候人是なきと覺えしり、又兵衞いかにもと申さ, か主人黒田長政より來りたな書状を出して曰、扨〳〵此手跡乃きたなさ, 後藤又兵衞ハ、初メ一陣ニ進ミケルカ討死ス、サレ共, 〔創業録, 〔老談一言記〕, 〔老談一言記)置老物語所收後藤又兵衞は此戰にず死せすして、何方か, ○上下略、眞田幸, 村ノ事二係ル、, 慶長十四, 三十六, セズトノ, 基次戰死, 説, 元和元年五月六日, 七七八

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  • ○上下略、眞田幸
  • 村ノ事二係ル、
  • 慶長十四
  • 三十六

頭注

  • セズトノ
  • 基次戰死

  • 元和元年五月六日

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  • 七七八

注記 (26)

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