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〓へ、井伊人數の崩るゝを待〓るに、御備には武功之老臣多たれは、浮立, 南之爲とて、藤田能登と云上杉浪人を附られたる、取前直孝公之御人數, 是等を初として粉骨之働數十人有、首數三百十五級打取, し、惣敗軍に成にれは、軍議相違し、首尾あしく、忠兵衞は面目なしとて討, の内には秀頼公馬廻の大將分仕候者、木村主計頭、佐久間藏人頭、山口左馬, んとて、足の乱を待たしと云、老臣伊東忠兵衞も尤と思ひけれは、鎗を横, 木村長門か備へ懸るを見て、既に蒐んとしたるを藤田下知しにるは、井, 足を見すまし、二ノ手を急に詰寄惣軍興を揚しかは、後軍おとろき裏崩, ニ、六日の朝敵方ゟ夜を込、人數を出し、兩手へかゝり參候、敵大將分長曾我, 伊之人數は足並浮て競過たれは、目前に〓崩され事必定也、此敵を追は, 部宮内、木村長門守兩人先手にて懸來候、跡勢の儀は不存候、木村長門守手, 死し、能登は陣後浪人也、山田村に扣たるは長門か伯父木村主計頭宗明, 此時榊原遠江守康勝は、山田村之方へ向給ふ、其身は若輩なれは、弓矢指, 五日ニ松原え、泉州殿、掃部殿兩手詰被申所, 也、, 〔幸島若狹大坂物語〕同, ○五, 月, ノ勢戰期, 榊原康勝, ヲ失ス, 元和元年五月六日, 九七九
割注
- ○五
- 月
頭注
- ノ勢戰期
- 榊原康勝
- ヲ失ス
柱
- 元和元年五月六日
ノンブル
- 九七九
注記 (23)
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