『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.50

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あらはす、, 法號了信院峰譽殘雪居士小野勘解由, しとぞ、扨其治兵衞は祿二千石の士と聞えぬ、, に今本多家に由緒ある貴所に、この物語申こと、父亡靈もさぞや滿足に, をいかゞせん、若江戸へなど出んこともあらば、御邸を尋手てなりとも, 申上まくおもふなりと、常々申出くゝの、徒に世をはやふ仕候なり、然る, たび給へといふにより、玄孝、從弟の中根平太夫へくはしく記して贈り, 存ずらん、彼の御内人へ申贈られ、永く此事蹟の傳るやうにはからひて, 横井氏筆記に、一心寺にある忠朝并家士等の石碑の寫をのせたり、左に, 法號釋道凉信士青山五左衞門, 三光院殿岸譽良玄居士五輪高さ一丈二尺, 前本多出雲守藤原朝臣忠朝, 法號釋道凉信士, 元和元こ卯五月七日, 五輪高さ五尺余參州のみえぼ, 五輪高さ八尺余, 五輪高さ五尺余, 元和元年五月七日, 三光院殿岸譽良玄居士, 青山五左衞門, 忠朝及家, 墓碑, 臣戰死者, 忠左衞門尉改治, 五〇

頭注

  • 忠朝及家
  • 墓碑
  • 臣戰死者

  • 忠左衞門尉改治

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  • 五〇

注記 (25)

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